ポール・ブローマン氏 チアの皆さんを愛したポールさん、天国へ ミニレポート 会全体のビデオ メモリアル会に歌われた聖歌3曲の15分バージョン 思い出スピーチより(稲葉 寛夫)

チアの皆さんを愛したポールさん、天国へ


 チア草創期から、チアの皆さんのことを愛してやまなかったポール・ブローマン(日本名:岩佐 勝)さんが、11月24日(土)の早朝、約5年の闘病を経て、宮城県丸森町の住み慣れた家で、家族に囲まれ、平安のうちに召されました。(享年84歳)メモリアル会は、12月9日(日)午後1時30分より、仙台市グレープシティ社にて。どなたでも大歓迎とのことです。ただ、人数確認のため、ご参列希望の皆さんは、チア・にっぽん事務局までお知らせいただければ感謝とのことです。どうぞ、よろしくお願いします。

白馬セミナーに届いた知らせ

 ポールさん逝去の知らせが届いたのは、24日早朝。白馬セミナーの最終日の朝でした。白馬セミナーには、ナタンさん、のりさん、ジュディスさん、賛美さん、十三男くんの5人らがかけつけ、チルミニの応援や分科会ほかの応援のために、危篤状態のポールさんに別れを告げて、参加くださっていました。自分のそばにいてもらうよりも、伝道やホームスクーラーたちを助けることを良しとする、日頃からのポールさんの思いにも応えてのことです。訃報を聞いた後も、変わることなく、最後の後片付けまで、心を尽くして応援くださり、改めて、感謝した次第です。

ポールさんとの出会い ー チア・旗揚げセミナーにて

ポールさん 基調講演

 前日の夜、基調講演の時に、僕は、ポールさんとの最初の出会いについても、皆さんに話していました。2000年4月、チアの旗揚げセミナーの時のこと。ホームスクーリングという、「ことば」すら知られていなかったその当時、「出席者、5人か10人かな、、、」と心配していた僕に、妻、和紀子は、「別に5人か10人でいいじゃない。それで成功じゃない。もし、20人来たら、大成功!じゃない」と、励ましてくれました。実際は、3会場で、合計625名。東京は40名の部屋を予約していたので、2日前に急きょ、会場変更して、ようやく全員、入ることができたのでした。
神様の恵みとあわれみの中、皆さんのパッションが燃え、会場は熱気に満ちました。お昼休み直前のアナウンス中、「1分だけ、時間もらえないでしょうか」とひとなつっこい笑顔にあふれた方が、司会をしていた僕のそばに来て、やさしく声をかけました。「悪い人ではなさそうだ、、」と思い、「では1分だけ」と、笑ってマイクを渡しました。それが、ポールさん。「皆さん、この働きは神様の働きです。皆さん、一緒にやりましょう!」と呼びかけてくれました。
その後、名刺をくれて「今後、何か手伝えることがあるかもしれません。どうぞ、連絡をください」とのことでした。数日後、基調講演者&理事のジュリー・ホーンさんに相談したところ、「良い話だと思う。奇蹟的なことかもしれない。連絡を取ってみたら」ということで、連絡を取り、今日のような12年越しのきずなが与えられることになっていきます。

チアのみんなを愛してくれて

Paul

 ナタンさんは、今年の白馬セミナーの閉会式のときに、皆さんにあいさつしてくれました。「父は、1950年代に日本に来てずっと日本人に福音を伝えてきました。その中で、人の目を恐れるクリスチャンと出会うことが多く、その点はがっかりしていました。でも、50年過ぎて、チアの皆さんと出会い、チアの多くの皆さんが人を恐れず、神を恐れて、進んで行こうとしている姿に触れて、深く喜び、励まされていました。それで、チアの企画には、すべてに最優先で、いつもいつも喜んで参加させてもらっていました。この5年は、闘病のために、父自身は参加できませんでしたが、いつも、これからチアに行くよと言うと、喜んで送りだしてくれました。今回もそうです」
ノリさん曰く「『これから、チアに、白馬に行ってくるからね。稲葉さんと会って、手伝ってくるよ』と言うと、お父さんは、しっかりとわかったという表情をしたよ。 ことばは言えなかったけど、はっきりと、うなずいて、送り出してくれたよ」
心から感謝です。

ポールさん

ポールさんの火葬

 白馬を終えて、アメリカからの講師の皆さんを東京にお連れし、翌25日の早朝、僕は、ジョセフ(4)と一緒に丸森に向かいました。ポールさんの火葬が、召天翌日の25日になったと連絡を受けたためです。
 丸森に着くと、納棺する直前でした。「稲葉さーん!」五男のジャシュアさんの招きで、ポールさんの部屋に入り、ジョセフらと一緒に写真を撮ってもらいました。ポールさん、この1−2ヶ月、点滴以外、ほとんど食事を取っていないため、すっかりやせてしまっていたけれど、眠ったような平安な表情。でも棺桶をかついだら、とても重かったです。「重いねー」とジャシュアさんに言うと、笑って「親父は、骨が太いんだ」。ポールさん、文字通り、身も心も骨太なんだなーと思いました。
 火葬の前に、約150名の皆さんと、賛美歌を歌っていたら、涙が止まらなくなりました。どれだけ、大事にしてくれ、励まし、助けてくれたことか。チアのみんなのことも、僕の家族のことも、そして、僕自身のことも。

ポール

ポールさん

 式の中で、ナタンさん曰く、「もしここに親父がいたら、何を話すかな、、、と考えました。やはり、CTスタッド宣教師のことばかな。人生は一回。でも全て、すぐに過ぎ去る。しかし、キリストに関することだけは過ぎ去らない。永遠に続く。このイエス・キリストを信じ、福音を伝えましょう!と話すのではと思いました」
 ポールさんの弟のピリポさん「ポールさんは、今、天国です。どんな姿でしょうか。聖書に、種の殻はなくなり、種の中のいのちが成長するとあります。天国では、今の老いて病で弱ってしまった、あるいは地上で罪にけがれたポールさんの体ではありません。それは種の殻であり、その中にあったいのちが成長し、イエスの血潮で聖められた最強のポールさんがイエス様とともにいます。私たちも、後に、天国に行き、その新しい、最強のポールさんを見て、ポールさんだとわかるのです」
 長男のポール・Jrさん。「父はスーパーマンではありませんでした。そうではないことを、母が一番知っている。弱く、罪に汚れた普通の人間です。でも、こんなに皆さんが感謝して集まってくれるのは、ただ、弱い父を通して、キリストの霊が働き、キリストご自身が、その愛を届けてくれたからだ、それだけだと思っています。今日はありがとうございました」

ご自宅にて

Paul

 会が終わって、ポールさんの自宅に戻りました。妻のせつこさん「眠るようになくなったの。最後、15分前ぐらいに、希恵が私を起こしてくれたんだけど。息の回数が早く、大きくなったけど、それだけで……。痛い?って聞いても痛くないって手で合図して。ガンの末期ということで、お医者さん、モルヒネの準備、1ヶ月ぐらい前かしてくれてたんだけど、1度も使わなかったの。何度聞いても、手を振って、痛くないよって、合図するの。子どもたちが、これから白馬に行くって言った時もはっきりわかって見送ったの。帰ってくるのに、ちょっと間に合わなかったね。でも、いいの。また、天国で会うし。白馬に行ったの、喜んでたし」
 ポール Jr.さん「1ヶ月前、お医者さんから危篤だと言われて、家族が集まった時、あったでしょう。実は、その時ね、アメリカにいる稲葉さんに国際電話して、ダディに稲葉さんの声、聞かせようかって考えたんだ。ダディはもう話せない感じだったけど、稲葉さんの声聞いたら、わかるだろうってね。最初、アメリカのダディの弟に電話して、それがとっても喜ばれて、長くなっちゃったので、稲葉さんへの電話は無くなったんだけどね」
ジャシュアさん「親父は、稲葉さんとか、チアと聞くと、頭がすぐにしゃきっとしたんだ。力があふれてくるというか、、、。ほかのことがわからなくなっても、そこは、最後の最後まで、そうだったよ」
 ポール Jr.さん「そうだね。ただ、親父が一番、しっかりしてたのは、稲葉さんが最後に会った時の頃かな。いつだった?」
稲葉「今年の夏の終わり、8月の最後の日かな、、、」

黙示録14章9−12節

Paul

 ご逝去が白馬の最中であったことも、少し不思議な思いがあります。白馬にて、ご逝去が知らされ、チア・スタッフらも涙でした。本当は、白馬終了後、11月28日に、丸森に向かう予定でした。だから、とても残念。その時、再会したかったです。ジョセフと見舞った夏の終わりが地上での最後の再会になった、、、。でも、後で思ったことは、11月24日、白馬の最終日まで生きてくれたお陰で、このように納棺にも立ち会え、火葬にも参加でき、そして、ご家族と親しく交わることも許されたんだなーと思いました。そして、召天式も、チアのみんなと参列できます。
白馬では、ナタンに報告してもらった後に、ポールさんが何度も何度も、チアのみんなに訴え続けた黙示録14章9−12節を読んで、みんなで悼みました。
「アメリカでも日本でも、ほとんど語られない、聖書の大事なメッセージをポールさんは語り続けてくれました。神の愛を口にするのはやさしいし、人々に受け入れられやすいけど、地獄の苦しみの存在は、人々に憎まれやすくもあり、人の目を恐れる限りは、できない。結果として、今日の多くの教会では、避けられ、語られなくなった聖書のメッセージです。それをチアのみんなに、ポールさんは愛を持って語ってくれた。ポールさんは僕に、『ピアノの鍵盤で、変わったキーを弾くと最初はめずらしがられても、何回もそればかりを続けて弾くとそのうち、嫌がられ、最後は憎まれるよ。それでもいいかな?』と謙遜に聞いてくれました。『もちろん、神様の導く限り、何でも遠慮や躊躇なく、直言ください』と答えました。それを聞いて、何度も、心を込めて、語り続けてくれた聖書のことばです。
『もし、だれでも、獣とその像を拝み、自分の額か手かに刻印を受けるなら、そのような者は、神の怒りの杯に混ぜ物なしに注がれた神の怒りのぶどう酒を飲む。また、聖なる御使いたちと小羊との前で、火と硫黄とで苦しめられる。そして、彼らの苦しみの煙は、永遠にまでも立ち上る。獣とその像とを拝む者、まただれでも獣の名の刻印を受ける者は、昼も夜も休みを得ない。神の戒めを守り、イエスに対する信仰を持ち続ける聖徒たちの忍耐はここにある。』(黙示録 14:9−12)」

Palu

 そうした緊迫感と、神様の圧倒的な愛に満たされた、ポールさんの痛切なメッセージに、魂を揺さぶられ、目を覚まされ、自分のあり方を悔い、立ち上がった人々はどれだけ多いことでしょうか。夏に見舞った時には、「チアのみんなにも語ってくれた、CTスタッドのメッセージ、『すべては過ぎ去る。でも、キリストのためにしたことは永遠に残る、、、』は、今回の夏キャンプでも何度も語られた。ポールさんから聞いた時のことも思い出し、チアへの特別なメッセージと受けとめて、皆に伝えました。ありがとうございました」と、お礼を言いました。次回、会った時には、この「永遠にまでも立ち上る、地獄の苦しみの煙」のメッセージをありがとう!と伝える予定でした。でも、それは、天国で、、、と延期となりました。
今は、そうしたメッセージを自分の胸に刻み、そして、次世代に分かち合っていけたらと祈っています。そんな思いを、白馬参加者の皆さんに話しました。

 僕自身、ポールさんに、感謝で、感謝で、感謝でしかありません。ご家族への神様からの慰め、そして、9日のメモリアル会への祝福を心から祈っています。

 

                                     主にありて

                                     チア・にっぽん代表
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