| 巻頭言74号 |
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わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、
岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。
雨が降って洪水が押し寄せ、
風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。
岩の上に建てられていたからです。(マタイ7:24-27) |
| ハレルヤ!皆さん、お元気ですか。今年1年、ありがとうございました。今年も、とても祝福された1年でした。白馬セミナーも参加者は、825名とこれまでの最高を記録(昨年は520名)、1週後のジョシュア・ハリス氏の「聖書に基づく恋愛・結婚・家庭講座」も、800人を超え、多くの良きコメントをいただきました。聖霊の力を体験させられ、神様の御手が、チャーチ&ホームスクーリングの上にあることを強く思わされる日々でした。皆様のご参加とお祈りを心から感謝します。新年が、ますますの主の祝福多き1年でありますよう、心から祈ります。 |
| チア・にっぽん代表 稲葉寛夫 |
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1.神様のことばをにぎって、行動するとき
−白馬セミナーと東京大会を経て |
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| 神様からのことばをにぎり続けて行動する時、神様は、時にかなって、必ず、動いてくださる、そのことを改めて確信しています。 |
| 主の深い臨在の中に825人の参加者と主からの励ましを受けることになった白馬セミナー。その喜びが覚めやらない翌週、私たちは、「ジョシュア・ハリスの聖書が教える恋愛・結婚・家庭セミナー東京大会」への準備へと突入していました。「白馬」の翌週に、同じ主講師での開催は、初めての企画でした。両方に分散し、たとえ少ない参加人数になったとしても、主の福音を宣べ伝える機会を逃さないでいこうと導かれての「新たな挑戦」でした。 |
| 1Fに780席ある会場でしたが、瞬く間に満席へとなり、参加者は2Fやロビーのビデオ観客席へと流れていきました。参加者の95%ぐらいは、これまでチアの集会で会うことのなかった人々です。 |
| この日は、おそらく、「日本の宣教史上、歴史に残る1日だったのでは…。」と後で思いました。10?30代を中心に続々と人々が集まってきました。語られる内容は、主の弟子となることを目標とし、恋愛、結婚、誘惑について正面から光りを当てた、具体的な、でも、聖書、聖書、聖書のメッセージです。 |
| 「タコの糸のように、神からの知恵をもって、恋愛感情、結婚、情欲の思いを導いていく」、「恋愛もセックスも良きもの、幸せを与えるものとして造られた。でも、サタンが深く惑わし、悪しきものへと変え、罪の打撃を与えうるもの…」「女性は、みな、男性を酔わせることができるよう、美しく創られた。でも、それは、街の男性の目を惹くためにではなく、ただ一人の夫、将来、与えられる夫のために美しい存在として造られた」「自分の力では恋愛も情欲もコントロールできないが、十字架の福音と聖霊の力と赦しを毎日、得ながら、変えられていく」…。そして参加者は、約4時間、「あっという間の時間だった。」という中に、心と耳を傾けてくれました。そして、チャーチ&ホームスクーリングについての種まきも…。 |
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| 2.若きチャーチ&ホームスクーラーたちの成長 |
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| 「イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人との愛された。」(ルカ 2:52) |
| 当日、開演準備中、私はいろいろな意味で喜んでいました。今も忘れられないのは、チアの企画では、お馴染みとなっている若者たち、チャーチ&ホームスクーラーの成長した姿を、その日の準備中に見れたことでした。 |
| 白馬などでのLIT(若者たちのための弟子訓練トレーニングプログラム)やそれまでのチャーチ&ホームスクーリングで、人に仕える喜びのトレーニングを積む重ねてきた太田カレブ君(15才)や今回も、ロサンゼルスから一緒に参加できた長男の真祈史(14)が、秒を惜しんで、手早く、いすやテーブルを並べる姿、下諏訪のみんなが、急遽お願いした撮影や照明の準備に走り、秋田から早く到着した桜庭親娘もボランティアに突入、そして続々と…みんな喜んで頼もしく、誰の評価でもなく、たぶん、主を見ながら、ベストを尽くしてくれていました。 |
| 良い目的、良きチャンス(機会)、そしてよき指導が与えられた者は幸いです。長女のエミリ(9)は書籍を買うために長蛇の列となったレジの夏枝さんの横で張り切って、袋詰めや売り切れかけた本の補給をしてました。目的、チャンス、指導が与えられて、開場中の6時間、水を得た魚になっていたわけです。その姿を見ても、とてもうれしかったです。 その前週の白馬でも、若者たちの「成長ぶり」には、驚かされていました。今年は最終日、600枚、800人分のピザを焼くという大仕事も残っていて、ピザ担当の伊勢崎からのみんなやチルミニスタッフはてんてこ舞いでした。でも、みんなに大きな喜びを与えたピザができあがりました。「不可能が可能になった。これは奇蹟。そして、LITのティーンエージャーたちがいて、チルドレンの子どもたち(約400名)を指導してくれなければできなかった…」(トーマス・ブローマン)とのこと。 |
| チルミニの子どもたちも、年々、成長著しいです。チアが立ち上がった今から7年ぐらい前との違いを実感する声が増えています。7年前、「クリスチャンの子どもたちは、なんてしつけられてないんだ。明泉のノンクリスチャンの子どもたちの方が、ずっとしっかりしている。」と感想をもったナタン・ブローマンは、しみじみといいます。「チルミニの子どもたちは、年々、素晴らしくなって、驚いているよ。新しく入ってくる子どもたちもその雰囲気を見て、なじんでいくよ。」とのこと。 |
| 主の若き弟子たちの成長を見ながら、聖書の「イエスはますます知恵が進み、背たけも大きくなり、神と人との愛された。(ルカ 2:52)とのみ言葉を思います。 夕食に向かうエレベーターで、高校生の年齢になったチャーチ&ホームスクーラーのY君と出会いました。すごく成長した雰囲気で、しっかりした大人になってるなーと思いました。同じエレベーターに乗り合わせた島根(確認)からのTファミリーのお父さん、以前、白馬で信仰の決心をされたTさんは笑顔で報告されました。「夏キャンプで、最先端のスタジオに連れて行ってもらって以来、息子はメディアに関心をもって、放送部に入って…」その二人の兄弟にも、やはり、成長を感じました。その晩、真祈史はLITの仲間との夕食だったので、エミリと二人で食事をしました。レストランを見回して、僕は少し、涙が出てきました。みんなの楽しそうな食事風景、エレベーターであった子どもたちの成長の姿にふれて、チアとして、少しでも、それぞれの家族に、主にあって関わることが許されたのかなー、神様に感謝だなーという思いに満たされたからです。 |
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3.「ことばを聞いてそれを行う者」(マタイ7:24)への神の祝福
−週2時間からの 「 チャーチ&ホームスクーリング」の実 |
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| 白馬、東京大会と祝福が続く中で、改めて祝福され続ける理由を思いながら、「岩の上に建てられた家」であることが示されました。このチャーチ&ホームスクーリングに主の計画が強いこと、主が待っておられた働きであることをもう一度、示されます。皆さんが、主が待ち望んでおらた、固い岩である主のことば、主の教育命令を聞いて、様々なプレッシャーの中でも、応じられた、その心と行動への特別な祝福を思います。「わたしのこれらのことばを聞いてそれを行う者はみな、岩の上に自分の家を建てた賢い人に比べることができます。」とあるとおりです。それは、フルタイムで出発できた方々に、とどまりません。ご主人の理解がまだないとか、シングルマザーであるとか、様々な理由から、それが、たとえ、「週2時間からのチャーチ&ホームスクーリング」であっても、「形よりも本質」を見る、主の祝福を思います。 |
| まずは、土曜日2時間から。親子での聖書の学び、あるいは、キャッチボールからでも、とにかく始めて、親子のきずなをはぐくみ、主を恐れ、愛することを教えていく。週2時間ができれば、週二日、そして、もっと…。コンベンションでも、聖書の教育本でもいいので、夫婦で、聖書が教える親の道、教育を学び始めていく。とにかく、学校任せ、あるいは、主を恐れることの無い、この世の流れに任せることなく、子どもたちの魂の救いのために立ち上がろう、そんな家族を助けていこう、そうした家族や教会が、今、急激に増えています。そして、もちろん、勇気を持って、フルタイムでの挑戦に踏み出された方々や教会も…。家族・教育の原点に立ち返ろうとして、「ことばを聞いて、それを行う」皆さんへの祝福の実が、着実に成長している、そんな喜びを抑えられませんでした。 |
| 聖書は明確に命じています。子どもたちに主を恐れ、愛する教育を「国や学校任せにしてはいけない。」親が責任をもって、祖父母や教会やクリスチャンの助けの中で、毎日、家にいるときも、道を歩くときも、教え続けよとの神様の教育命令。この命令に、勇気をもって、ただただ従おうとする、皆さんの心を神様は喜んでいるのだと思います。 |
| 「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。…これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家に座っているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。」(申命記 6:4−7)との、親・祖父母への命令は明確であり、また、それに応じようとする人々への神の備えも確かです。 |
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| 4.困難にあった時にわかる、岩と砂の土台の違い |
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| もちろん、困難や戦いも許さた1年であった方々もおられるでしょう。チアにも、 戦いは許されました。しかし、困難が許された時は、目を覚まされるときでもあります。主に頼るという、原点に立ち返るとき。そして、日頃はわかりにくい、岩の上の建物であるか、砂の上の建物であるか、差がはっきりみえてくる時であることを、聖書は伝えます。 |
| 岩の上の建物は、「雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけたが、それでも倒れませんでした。岩の上に建てられていたからです。」(7:25)とあります。一方、「わたし(イエス)のことば聞いてそれを行わない者」(7:26)「砂の上に自分の家を建てた愚かな人」に例えられる「砂の上の家」は「雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。」(7:27)とあります。 |
| 困難がくる前は差はありませんでした。そして、どちらの家にも、困難はやってきます。でも、結果はまったく違います。「しかも、それはひどい倒れ方でした。」と、強調されるほどの差が出てくると警告されています。 |
| ホームスクーリング・マインド(心)を持ち、みことばに聞き続けていく歩みの安心と必要を、この「岩の上の建物」に思います。 |
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| 5.主を見せられ、触れられたとき−私は主を見た(イザヤ 6:1) |
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| 皆さんの今年は、いかがでしたか。預言者、イザヤが主の直接の声を聞いたように、主に特別に促された場面があったのではないでしょうか。「私は、高くあげられた王座に座っている主を見た。...彼は、私の口に触れて言った。」(イザヤ6:1,5) |
| 春の「チア・コンベンション」の大阪の初日の朝、私は夢を見ていました。17才で亡くなった妹の京子とか、かつてお世話になった三浦綾子さんとかが、天国でホームスクーリングをしている夢でした。「天国でもホームスクーリングってあるんだ。応援されているんだー。」と、とても励まされる思いで目が覚めました。そして、祝福されたコンベンションが始まりました。 |
| なにか、詩篇の126篇のような体験です:?)。「主がシオンの捕らわれ人を帰されたとき、私たちは夢を見ている者のようであった。そのとき、私たちの口は笑いで満たされ、私たちの舌は、喜びの叫びで満たされた。....涙とともに種を蒔く者は、喜び叫びながら、刈り取ろう。種入れをかかえ、泣きながら出て行く者は、束をかかえ、喜び叫びながら帰って来る。」(詩篇126:1、2、5、6) |
| 初めての「ミニ学芸会」(関西/3月、東京/5月)も、楽しかったですね。ビデオの編集のために、何十回も見たこともあって、今も、目と耳と心に焼き付いてますよ。皆さんの自由で、自発的・クリエィティブな展開を、ますます期待しています。 サマーキャンプでは、320人もの皆さんが集まってくだり、たくさんのティーンたちと燃えた「夜の大捜査線」や、初めての方々が「チャーチ&ホームスクーリングを知りたい!」と、真夜中のセミナーや多くの祝福の時がもたれました。「子どもの人格形成は、罪と天国・地獄、そして、キリストの救いを教えることから」、「結果は聖霊に委ねて、とにかく、伝道していこう!」そんなメッセージで励まされました。 |
| 6月、7月、9月と、これまでのアメリカから来日してくれた基調講演者たちと再会する機会が多く与えられました。300万家族をリードしてきたリーダーたちの20ー30年あまりのホームスクーリング体験の秘訣は、共通していました。「神様が、チャーチ&ホームスクーラーのことを特別に喜んでいるよ。その神様に委ね、従っていくこと。」 |
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| 6.1時間30分の虹の約束 |
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| 秋には、初めてのフィールドトリップ、「星野富弘展」での記者会見への参加体験とか、ミヨシ石鹸への工場見学。そして、今年の悲しい体験を経ての「故 松本 佳子さん メモリアルキャンプ ー奈良・下北山スポーツ公園」。雨天決行のサッカー&ソフトも楽しかったし、三日目の早朝の1時間30分に渡る、鮮明な虹の登場には、励まされました。1時間30分も続く虹なんて、見たことがありません。 |
| 「チャーチ&ホームスクーリング、大丈夫だよ。」と繰り返し、繰り返し、語られた思いでした。聖書に「わたしは雲の中に、わたしの虹を立てる。それはわたしと地との間の契約のしるしとなる。... 虹が雲の中にあるとき、わたしはそれを見て、神と、すべての生き物、地上のすべての肉なるものとの間の、永遠の契約を思い出そう。」(創世記 9:13,16) と、あるとおりです。 |
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| 7.「マタ、デンドウ二、イキタイ!」「コレ、ヨンデクダサイ!」 |
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| 白馬や東京大会を終え、真祈史とエミリを連れて、小樽と弘前へ戻りました。おじいちゃん,おばあちゃんへの伝道と祝福、いやしの祈りの時が許されました。 |
| そして、今回の最後の最大の祝福は、子どもたちと一緒に、チルミニのナタン伝道チームに合流、愛知県の知多半島の1日伝道体験に加えてもらえたことです。これは、神様からのご褒美ともいえる、宝のような、喜びの体験でした。 |
| 朝早く出かけた中学校は、生徒さんの90パーセントぐらいが、パンフレットを、素直に受け取ってくれました。 |
| 「きゃー、これ、小学校のときに、もらったことあるよねー」と女子中学生グループ。真祈史やエミリからのパンフレットを、とても喜んで、受け取ってくれました。同時刻に行った、別の学校のグループでは、受け取ってくれた人は10パーセントにも満たなかったということ。神様は、日本では、初めての体験の真祈史やエミリたちを守ってくれたなーとも思いました。 |
| その後は、各家に配布。僕はエミリとペアで。エミリは張り切って、入れてまわりました。洗濯を干していた奥さんに渡すと、「これはキリストのですね。忘れた頃に、来るんですよね」と、何か、示されることあるようにして、感慨深く、受け取ってくれました。植木の職人さんたちは、「海で洗礼をみたことあるんだー」と話し合っていました。パンフレットを渡せました。真祈史はブラジルからの日系人のケンジ君(12 まやちゃんに確認)と一緒にまわり、食堂のおばさんが血相を変えてでてきたそうです。「学校はどうしたの!」真祈史は、びっくりし、怖かったそうです。「ボクは、ホームスクーリングしています。(真祈史)」「ボクは、クリスチャンスクールに行ってます。(ケンジ)」と答えていく内に、そのおばさんは、優しい顔になって、パンフレットを受け取ってくれたそうです。真祈史いわく「日本はアメリカよりも、伝道しやすい。とても安全だし。」アメリカでは、クリスチャンが多く、歓迎する人も多い反面、憎しみをもっている人は徹底的に攻撃してきたり、ピストルの危険もあります。真祈史も私と一緒に怒鳴られたり、威嚇して突進されたり、郵便ポストも違法行為だと叱られた、体験がありました。日本も、実際は、大変だとは思いますが、日本での初心者への主の守りの中で、「日本は伝道しやすいなー」との感想をもたらしてくれたのです。 |
| お昼、休んでた公園の隣りは、トヨタのエンジンの鋳型を造っている鉄工場で、飛び入りでしたが、鉄を溶かして鋳型を造る、工場見学をさせてもらいました。これもホームスクーリング。そして、午後の小学校。ここは圧巻、下校する99パーセントの子どもたちが受け取ってくれました。というよりも、「わー」といって、集まってきて、パンフを持っていってくれたという感じです。「これ、ほしかったんだー」だって。 |
| ある小学生の子どもは、子どもはお母さんの徐行する車の窓から「ほしい。」と手を出してくれました。通り過ぎたお母さんの車は、しばらく先から、バックして戻ってきてくれました。 |
| 声が枯れた小3ぐらいの男の子にエミリが「ヨンデクダサイ。ヨロシクオネガイシマス」と渡すと、「もっといろいろな種類がほしい。」「どうして、僕たちにくれるの」「みんなのこと、好きだからだよ。イエス様がみんなのことをとても大切に思ってるんだよ。」その後、一緒のグループの他の5人がみんな、「全種類ほしい」といってもらってくれました。 |
| 配布後、私たちを車で迎えにきてくれたチルミニのみんなに、エミリは、報告していました。「声が枯れた男の子がね、とっても喜んでー…」と話していると、その6人グループが、歩道に車座に座って、手渡したパンフレットを、一生懸命、読んでいました。「この子たちだよ。声が枯れてた子は、あの子…わー…。」 |
| 何と素敵な一日だったでしょう。一生の記憶に残る宝のような一日を、主は与えてくれました。「もう一日、伝道したい。」という子どもたちを連れて、深夜の東京へ。「3週間の日本で一番、楽しかったことは何?」とチア・スタッフに聞かれたエミリは、「デンドウ」。次回、日本に来た時したいことは、「デンドウと宮城啓明小のそばの滝つぼで泳ぐこと」だそうです。 |
| ロサンゼルスに戻ってから、妻の和紀子が言っていました。「エミリが、「コレ、ヨンデクダサイ。タイセツナコトデス。ヨロシク、オネガイシマス」って、日本語、練習してたよ。」とのこと。ハレルヤ!7年目の我が家のホームスクーリングの、喜びの宝です。やはり、岩に立つことは真実で、その報いは大きいと思いました。 |
| 足らざる者ですが、「私を遣わしてください」 (イザヤ 6:8) |
| 「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間の住んでいる。」(イザヤ6:5) |
| 「だれを遣わそう。だれがわれわれのために行くだろう。」といっておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わして、ください。」(6:8) |
| 1年を終えるにあたり、改めて、自分は足りない者、できない者であることを思います。でも、新しい1年、さらに、その主の召しに応じていきたいと思います。 |
| 主は皆さんや私たちを探し、必要とされて、呼んでくださっておられます。主からの「みことば」を握り続け、聖霊の力をいただいて、「ここに私がおりますと。」と、勇気を持って主に応えていこうではありませんか。「岩の上の建て物」のために。 |
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| 敬愛する皆さんの上に、ますますの祝福を祈っています。 |
| チア・にっぽん代表 稲葉寛夫 |
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| 8.神に心を向けて |
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| 白馬や東京大会を終え、真祈史とエミリを連れて、小樽と弘前へ戻りました。おじいちゃん,おばあちゃんへの伝道と祝福、いやしの祈りの時が許されました。そして、今回の最後の最大の祝福は、子どもたちと一緒に、チルミニのナタン伝道チームに合流、愛知県の知多半島の1日伝道体験に加えてもらえたことです。これは、神様からのご褒美ともいえる、宝のような、喜びの体験でした。 |
| 朝早く出かけた中学校は、生徒さんの90パーセントぐらいが、パンフレットを、素直に受け取ってくれました。 |
| 「きゃー、これ、小学校のときに、もらったことあるよねー」と女子中学生グループ。真祈史やエミリからのパンフレットを、とても喜んで、受け取ってくれました。同時刻に行った、別の学校のグループでは、受け取ってくれた人は10パーセントにも満たなかったということ。神様は、日本では、初めての体験の真祈史やエミリたちを守ってくれたなーとも思いました。 |
| その後は、各家に配布。僕はエミリとペアで。エミリは張り切って、入れてまわりました。洗濯を干していた奥さんに渡すと、「これはキリストのですね。忘れた頃に、来るんですよね」と、何か、示されることあるようにして、感慨深く、受け取ってくれました。植木の職人さんたちは、「海で洗礼をみたことあるんだー」と話し合っていました。パンフレットを渡せました。真祈史はブラジルからの日系人のケンジ君(12 まやちゃんに確認)と一緒にまわり、食堂のおばさんが血相を変えてでてきたそうです。「学校はどうしたの!」真祈史は、びっくりし、怖かったそうです。「ボクは、ホームスクーリングしています。(真祈史)」「ボクは、クリスチャンスクールに行ってます。(ケンジ)」と答えていく内に、そのおばさんは、優しい顔になって、パンフレットを受け取ってくれたそうです。真祈史いわく「日本はアメリカよりも、伝道しやすい。とても安全だし。」アメリカでは、クリスチャンが多く、歓迎する人も多い反面、憎しみをもっている人は徹底的に攻撃してきたり、ピストルの危険もあります。真祈史も私と一緒に怒鳴られたり、威嚇して突進されたり、郵便ポストも違法行為だと叱られた、体験がありました。日本も、実際は、大変だとは思いますが、日本での初心者への主の守りの中で、「日本は伝道しやすいなー」との感想をもたらしてくれたのです。 |
| お昼、休んでた公園の隣りは、トヨタのエンジンの鋳型を造っている鉄工場で、飛び入りでしたが、鉄を溶かして鋳型を造る、工場見学をさせてもらいました。これもホームスクーリング。そして、午後の小学校。ここは圧巻、下校する99パーセントの子どもたちが受け取ってくれました。というよりも、「わー」といって、集まってきて、パンフを持っていってくれたという感じです。「これ、ほしかったんだー」だって。 |
| ある小学生の子どもは、子どもはお母さんの徐行する車の窓から「ほしい。」と手を出してくれました。通り過ぎたお母さんの車は、しばらく先から、バックして戻ってきてくれました。 |
| 声が枯れた小3ぐらいの男の子にエミリが「ヨンデクダサイ。ヨロシクオネガイシマス」と渡すと、「もっといろいろな種類がほしい。」「どうして、僕たちにくれるの」「みんなのこと、好きだからだよ。イエス様がみんなのことをとても大切に思ってるんだよ。」その後、一緒のグループの他の5人がみんな、「全種類ほしい」といってもらってくれました。 |
| 配布後、私たちを車で迎えにきてくれたチルミニのみんなに、エミリは、報告していました。「声が枯れた男の子がね、とっても喜んでー…」と話していると、その6人グループが、歩道に車座に座って、手渡したパンフレットを、一生懸命、読んでいました。「この子たちだよ。声が枯れてた子は、あの子…わー…。」 |
| 何と素敵な一日だったでしょう。一生の記憶に残る宝のような一日を、主は与えてくれました。「もう一日、伝道したい。」という子どもたちを連れて、深夜の東京へ。「3週間の日本で一番、楽しかったことは何?」とチア・スタッフに聞かれたエミリは、「デンドウ」。次回、日本に来た時したいことは、「デンドウと宮城啓明小のそばの滝つぼで泳ぐこと」だそうです。 |
| ロサンゼルスに戻ってから、妻の和紀子が言っていました。「エミリが、「コレ、ヨンデクダサイ。タイセツナコトデス。ヨロシク、オネガイシマス」って、日本語、練習してたよ。」とのこと。ハレルヤ!7年目の我が家のホームスクーリングの、喜びの宝です。やはり、岩に立つことは真実で、その報いは大きいと思いました。 |
| 足らざる者ですが、「私を遣わしてください」 (イザヤ 6:8) |
| 「ああ。私は、もうだめだ。私はくちびるの汚れた者で、くちびるの汚れた民の間の住んでいる。」(イザヤ6:5) |
| 「だれを遣わそう。だれがわれわれのために行くだろう。」といっておられる主の声を聞いたので、言った。「ここに、私がおります。私を遣わして、ください。」(6:8) |
| 1年を終えるにあたり、改めて、自分は足りない者、できない者であることを思います。でも、新しい1年、さらに、その主の召しに応じていきたいと思います。 |
| 主は皆さんや私たちを探し、必要とされて、呼んでくださっておられます。主からの「みことば」を握り続け、聖霊の力をいただいて、「ここに私がおりますと。」と、勇気を持って主に応えていこうではありませんか。「岩の上の建て物」のために。 |
今年1年、大変、お世話になりました。おかげさまで、とても良い1年でした。
新しい1年、さらに、皆さんの上に、ますますの祝福があることを祈ります。 |
| 感謝しつつ |
| チア・にっぽん代表 稲葉寛夫 |
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