わたしを愛しますか。
・・・わたしに従いなさい。(ヨハネ21:17ー19)
1 敗者復活への呼びかけ- 私を愛しますか。・・・わたしに従いなさい。(ヨハネ21:17ー19)
私を愛しますか。・・・わたしに従いなさい。(ヨハネ21:17ー19)今回のコンベンションの主題聖句です。自分は、主のために、何が貢献できるだろうか・・・・究極的には、何もできないかなと思います。むしろ、うまくできず、マイナスが多いとも思います。しかし、主は、そのできない私たちに、主を愛すること、従うことを命じます。その呼びかけは、イエス様を裏切ってしまい、心傷ついた弟子、ペテロへの呼びかけです。敗者となり、自分の弱さに打ちのめされた者への、敗者復活への呼びかけです。イエス様を裏切ってしまったペテロが、砕かれ、弱さを自覚した、その次に「世界の使徒ペテロ」へと成長していきます。多くの魂を助けていく再出発の朝となった、希望と勝利に満ちた呼びかけです。
2 裏切りの夜ー「鶏が鳴くまでに、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」(ヨハネ13:37〜38)
最後の晩餐の夜のこと・・・・・・。
ペテロは、イエスに言った。「主よ。・・・・あなたのために・・・命も捨てます。」
イエスは答えられた。「わたしのためにはいのちを捨てる、と言うのですか。まことに、まことに、あなたに告げます。鶏が鳴くまでに、あなたは3度、わたしを知らないと言います。」(13:37、38)
ユダに口づけされ、捕らえられ、大祭司の庭で、ペテロは、イエス様の預言どおり、3度イエス様を、否定しました。「彼がまだ言い終えないうちに、鶏が鳴いた。主が振り向いてペテロを見つめられた。ペテロは・・・主のおことばを思い出した。彼は、外に出て激しく泣いた。」(ルカ22:60〜62)
3 湖畔のヒーリング ー 船の右側に網bを下ろしなさい。(ヨハネ21:6)
ガリラヤ湖畔にて、失意のペテロは、イエス様と出会う前の職業、漁師に戻ります。不漁の船上にて、復活の主、イエス様に声をかけられ、網を下ろして、大漁になったところで気づきます。
ペテロは上着をまとって、湖に飛び込み、100メートルあまりの先のイエスのもとに急ぎます。ペテロは、主の復活を100パーセントは喜べない状況にありました。主を裏切り、それを主に知られているという、罪意識と恐れをもっていました。
イエスは、ペテロに、ある場面に導きます。「船の右側に網を下ろしなさい。そうすれば、とれます。(ヨハネ21:6)支持どおりに、網を下ろします。「すると、おびただしい魚のために、網を引き上げることができなかった」(21:6)のです。「投網の指示」と「大漁」、それはイエスとペテロの出会いの時の記憶をよみがえらせます。陸地にあがって、ペテロは、「そこに炭火とその上に乗せた魚とパンがあるのを見た」(9)のです。魚とパンは、男だけで5000人以上の人々に配られた奇跡の食事。置かれていた炭火は、イエス様を否んだ、大祭司の庭の焚き火とも重なる炎でもあります。その炭火を前にして、3度、イエス様を否んだペテロに、イエス様は、3度「私を愛するか」と問いかけます。
4 イエス様は、敗者を捨てなかった ー私の羊を飼いなさい。(ヨハネ21:17)
打ちひしがれ、自信を失っていたペテロに、イエス様は、やはり3度「わたしの羊を飼いなさい」と、新しい使命を託します。ペテロは、人生の分岐点となっていた、大切なシーンがフラッシュバックしていったかもしれません。繰り返される問いかけに、最初、とまどっていたペテロは、3度繰り返される中に、まさかの裏切りを預言され、その知られたくない現場を知られた自分。それでもイエス様は、そんな自分を赦し、受け入れ、期待して、新しい使命と力を授けられていることに気づきます。深く沈んでいた敗者が、新しくされて、喜びと感謝の中に、立ち上がり始めるときでした。その後、ペンテコステの聖霊のバプテスマを経て、ペテロは世界の人々の魂を立ち上げていきます。
5 聖霊が、自由に激しく臨まれるペンテコステへ ー 聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。(使徒1:8)
聖霊に立ち返るこのムーブメントに目を向けられた皆さんは、主を愛する心のある、特別な、大切な皆さんです。今回のコンベンションは、その尊い魂が豊かに励まされ、主の命令を聞いていく機会となることを祈ります。今、感謝、感謝の中にいる方も、うちひしがれ、敗者復活の呼びかけを待っておられる方も・・・・・まさに聖霊の激しい流れが、あふれ流れる場面となれば、そんな人生の大切な場面へと、導かれればいいということを祈っています。
しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリアの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(使徒1:8)
力は、私たちにありません。しかし、聖霊の力を受けるなら、その時、勝利です。
ペテロや使徒たちは、「エルサレムを離れないで、・・・父の約束・・・聖霊のバプテスマ」(使徒1:4〜5)を待ちます。私たちも、上からの力を待ちたいと思います。
6 参加者1人分の分科会、喜びがいっぱいの講師ー 「いなくなった一匹を見つけるまで、捜し歩かないでしょうか。」(ルカ15:4)
今年も多くの皆さんが、すでに申し込んでくださいました。コンベンションを待ち望む今、私には忘れられないシーンが一つあります。
ところは、サウスキャロライナ州ボブ・ジョーンズ大学、チャーチスクールセミナー。選んだ分科会が早めに終わったので、20あまりある分科会の中、もう一つ出たかった分科会を訪ねました。部屋に入ると、参加者はただ一人。でも講師は熱く、熱く、語っておられました。聞いている方は、涙ぐみながら、真剣に聞いておられました。私は、そのセッションにとても感動しました。分科会は終わり、講師の方は「聞いてくれてありがとう」と話し、喜びいっぱい、とても満足そうでした。その、さわやかさといったらありません。
ただ一人のニーズのために、全エネルギーと、持てる全てを注いて伝える。この姿が、チア・コンベンションの初心であり、めざすところです。
「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうち一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで、捜し歩かないでしょうか。」(ルカ15:4)
ひとりの罪人が悔い改めるなら、悔い改める必要のない九十九人の正しい人にまさる天の喜びが天にあるのです。」(ルカ15:4)
7 犠牲と謙遜と従順ー 「主は主の御声に聞き従うほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか」(第一サムエル15:22)
大切な一人の方をめざして、国内外の講師の皆さん、賛美、チルドレン・ミニストリーの皆さんほか、多数の皆さんが集まってこられます。基本的に手弁当での参加です。主を愛し、私たちを、少しでも助けたいと思っておられる皆さんの犠牲と従順があります。
「主は主の御声に聞き従うほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。(サムエル第一 15:2)
今、主の前に謙遜に、従順に歩めるよう、耳を傾け、聖霊の力に満たされることを願いたく思います。「求めなさい。そうすれば与えられます。捜しなさい。そうすれば見つかります。たたきなさい。そうすれば開かれます。・・・とすれば、なおさらのこと、天の父が、求める人たちに、どうして聖霊を下さらないことがありましょう。」(ルカ11:9,13)
「機会を十分に生かして用いなさい。」(エペソ5:16)
「私を愛しますか。・・・私に従いなさい。」(ヨハネ21:17,19)
主のやさしく、しかし、魂のかかった強い呼びかけに、まっすぐに応じていきたい、そのことを示される日々です。願わくは、全国5カ所のどこかの会場で、皆様とお会いできることを祈ります。どうしても今回、来られない皆様は、ぜひ、コンベンションを祈りに覚えてください。
皆様の上にますますの祝福を祈ります。
感謝しつつ 稲葉 寛夫

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