ニュースレター14号20010225
彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。・・・だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。(ローマ4:18、22)
ハレルヤ!勝利、勝利、圧倒的な勝利なる主イエス・キリストの御名を讃えます。皆様、お元気ですか。いつも熱いお祈りとご支援を賜り、心からお礼申し上げます。
未来のビジョン
1月の東京地区ホームスクーリング祈祷会を終えて、タイをはじめアジアの国々の宣教の地を取材に行く機会が与えられました。そこで、チャーチ&ホームスクーリングムーブメントの未来のビジョンを見せられた思いで、とても励まされて帰国しました。(詳しくはチア・マガジン6号掲載予定)マガジン4号で紹介しました啓明宮城小学校の卒業生たちが、伝道者として向かっている国々。
試験を中断して、福音を聞く
その一つ、タイでは、彼らが公立の学校を訪ねていくと、「先生、ありがとうございます。」と、学校の先生と同じことばでクラスに迎えられ、生徒たちが、ビデオや紙芝居での福音に耳を傾けます。試験をしているクラスでは、その試験を中断して、福音を聞く時間が設けられます。「ジーザス」の映画が上映されるということで、800人もの全校生徒が授業を中断、全員集まってきます。これは、仏教支配が強いと言われるタイの公立の学校でのことです。これが、全国のおよそ80%の学校で、この20年間にわたって、行なわれてきたことだそうです。
タイ北部山岳地帯のラフ族やアカ族の村でも、それぞれ数百人もの人々が集まり「ジーザス」を中心にした福音の映画に目をむけます。3、4才の子供たちまでも一心に福音に耳を傾け、見ている多くの方々が、十字架に架かるイエスに心を刺され、時に涙を流してみつめます。映画の後に、1冊に一食分ぐらいの価格で売られる聖書や2円ぐらいのトラクト(無駄に使われないために、印刷費等の3分の1程度の価格)を大人も子供も、争うようにして買い求めます。
これはみな、実際に見た本当の話です。もし、新宿や渋谷で、「イエス様のトラクト」を10円で売ってます!とアナウンスしたなら、1日、何部売れるだろうか?同情したクリスチャンが何冊か、買ってくれる位でしょうか。もし、日本の学校を訪ねて、「これからイエス様の話しをさせていただきます。」と言って教室を訪ねたら、試験を中断して時間をくれるなんて、考えられないではないですか。私も学生時代や会社にてキャンパスや街路での個人伝道等に立つ機会に恵まれました。声をかけると、冷たく断られたりすることが普通で、そのなかでも真剣に受けとめてくれる人々もいるから、勇気と忍耐をもって伝えるのが伝道という観念ができていた気がします。でも、今回、チャーチ&ホームスクーラーの先人たちが活躍する、このアジアの地で見たものは、神さまの福音が大切に、大切に人々に扱われ、喜ばれ、乾いた魂が喜んで、喜んで吸収していく姿でした。
御霊はアジアの国々で扉を開いている
トラクトを配っても配っても、求められて追いつかない、イエスの映画上映の希望にも追いつかず、上映ごとに人々がこぞって集まり、魂を揺さぶられていく、人間の喜びの原風景といえる姿でした。本来、このように取り扱われるべきものが、神の言葉なんだ。それだけ、すごい力が私たちクリスチャンに委ねられているんだ!と改めて発見する思いでした。
御霊はアジアの国々で扉を開いているのです。
訪問した国で、迫害が激しく、殉教者も続出している緊張感の強い国もありました。実際に日本からの伝道者のチームも去年女性たち4人が40人の暴徒に拉致され、死を覚悟した体験にあったばかりでした。ゲリラに3ヶ月監禁された伝道者もいれば、車のガラスを割られ焼かれそうになったり、殴られたり、目の前で誰かが殺されたりという体験もされていました。しかしその国でも、マーケットの広場などで上映すると、すぐに300人ほどの人々が集まります。一度、どしゃぶりの雨の日もありましたが、みな構わずに見続けていました。そして、明確に提示される十字架の福音を、固唾を飲んで受けとめていました。
この国では10チーム、他の国々でもが250人あまりが同時に動いているため、1日に少なくとも1万人以上の人々が、こうして福音にふれていくとのこと。
受洗者も多く、地元の教会からのリクエストに応じきれない現状があります。また、主に示され、スタッフとなった現地の方々も増えています。それでも伝道者が足りないのです。アジアでは数十億人の人々が福音を待っているわけですから。
「それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。」
(マタイ28:19,20)
これが、日本のチャーチ&ホームスクーラーの先輩たちの実践の一つの姿でした。み声に聞き従って外に出てみえる、全く違う、神のことばと力が文字通り、成就している世界、さらに1歩、沖にこぎいだすことで、見えてくる神さまが用意した新しい世界が待っていることを覚えました。
チャーチ&ホームスクーリングの将来、子供たちを主にあって弟子化していく先には、こうした多くの希望と喜びと使命が待っています。
望みえないときに主に望みを抱いて、信じて歩む
彼(アブラハム)は望みえないときに望みを抱いて信じました。それは、「あなたの子孫はこのようになる。」と言われていたとおりに、彼があらゆる国の人々の父となるためでした。アブラハムはおよそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることを認めても、その信仰は弱りませんでした。・・・だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。(ローマ4:18、19、22)
今、辛いことも、苦難もあるかもしれません。宣教の困難の中にある方もおられると思います。しかし、アブラハムは 「不信仰によって神の約束を疑うようなことをせずに、反対に信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、神には約束されたことを成就する力があることを固く信じました。だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。(ローマ4:20−22)望みえないときに主に望みを抱いて、信じて歩む、義の歩み、聖書に家族、教会全体で立ち返るチャーチ&ホームスクーリングの歩みを続けていこうではありませんか。
感謝しつつ 稲葉 寛夫