聖書と創造論への召命  

チアにっぽんコンベンション2003主講師  
農学博士ドン・パットン


   救いの証し

 私は、1951年2月5日にオーストラリアの片田舎に生まれ、そこで育ちました。子供の頃は、家に鍵をかける必要もなく、離婚もまれでした。両親のいない子はほとんどなく、オーストラリアの歴史で家庭が最も安全で安定していた時期だったでしょう。私は、オーストラリアの社会が崩壊するのを見てきた証人です。現在のオーストラリアは、もはや夜道は危険で、家に鍵をかけなければ安心できず、多くの子供が片親しかいないことで葛藤しています。この社会の崩壊は、1960年代に体系化された進化論の教義が学校教育に導入されて以来加速されました。そして、私もこの教育を受けたのです。私は

10才の時、路傍伝道をしていた牧師を通して回心しました。しかし、高校の寮に住む若いクリスチャンとして、無邪気に「科学は事実である」と考え、「有神進化論」「1日1時代説」「漸進創造論」という意見によって進化論と聖書の両方を信じる立場であろうとしました。もっとも、間隙説という回答は何の解決ももたらさないし聖書的根拠もないと思っていました。しかし、できる限り科学と聖書について考えないようにしました。それは、進化論と聖書が実際には相容れないと心の底でわかっていたからだと思います。そのような状況のまま、私は大学へ進学しました。

  創造論への導き

 大学の講議で動物学教授が「諸君の中には進化論に戸惑いを覚えている人もいるでしょう。それをあまり気にすることはありません。私自身進化論を信じているのかどうかわからないのだから。」と述べました。このことばを聞くやいなや私の頭の中で「カチッ」とスイッチが入ったようでした。

 真剣に祈りつつ進化論を研究する日々が続いた後、『進化論とは、科学に見せ掛けた信仰体系に過ぎないこと、進化論信仰は万物を造った創造主をローマ1:

20のことばと正反対の抽象的な哲学として埋没させてしまうために作り出された宗教であること』がはっきりしました。

 ついに、私は創造主の書かれたみことばの重要性を意識しました。それは、忘れようもない経験で、ほとんど天からの声が聞こえそうなほど私に迫ってきました。

 「あなたは、わたしのことばを信じるか。それとも、人のことばを信じるのか。」

 涙が膝を濡らしました。私は自分の不信仰を告白し、赦しを乞いました。それ以来、私の歩みは一変しました。それは、まるでもう一度新しく生まれたかのようでした。

 それ以来、私は聖書理解に努め、聖書を攻撃する人々にみことばを弁証してきました。

 私は、創造のメッセージを通して、多くの人の人生が変えられるのを見てきました。友人たちが聖書を信じるようになり、いい加減なクリスチャンの心が燃やされはじめたのです。それがために、私は今、創造論伝道者として立っているのです。そして、主は、妻のレスリーとの幸福な結婚と、3人の子供という祝福を与えて下さいました。     ◇

農学博士ドン・パットン

プロフィール・現在アンサー・イン・ジェネシス(

Answers in Genesis)オーストラリアのセミナー講演者として世界各地で活躍中

□研究分野

植物生理学/マンゴー・ライチ等の熱帯・亜熱帯の果実種の環境適応/植物学/植物交配/植物分類学