マス・メディアの悪影響から子供を守る2 

テッド・ベア博士

 

メディアを識別する聖書的判断力を養う

 

 常識や証拠の重さに反して、何年にも渡り、視聴者たちは、「メディアは彼らの行動に影響を与えない。」という間違った考えを受け入れてきたこの人たちは、メディアの視聴に於いて、賢い選択をし損なった。その結果、下品な、道徳的に有害でふしだらなメディアを応援してきてしまった。

 勿論、彼らのうちの多くがメディア神話を信じたかっただろう。なぜなら彼らは、メディアは自分たちに害を加えないと主張しながらメディアで誇大広告されている最新のトレンディーな品物や、衣服を買ってくれとお願いするメディア中毒の子供のように、許されないもの、感情的なもの、肉欲を呼び起こすものを渇望したからである。

 多くの人はもはやメディアの代表者たちが不誠実にも「メディアは悪影響を与えはしません。」と言うのを信じていない。そして、我々の社会が直面している最大の問題は、道徳の崩壊であり、これはマス・メディアの否定的な面の影響のせいであると考えられている。

 何年も否定してきた後で、メディア関係の重役たちの87%が今ではメディアの暴力は実際に起きている暴力の一因となっていることを認めている。そして、子供たちも又、エンターテイメント・メディアが自分たちの行動に影響を与え得ることに気づいている。

 世界中の人々は、特にハリウッドで製作される娯楽映画は露骨な性描写があり、悪影響を及ぼすので、不信、軽蔑の念を抱いている。そのように「気づく」ことは重要だが、「気づく」だけでは問題に対する「答え」にはならない。勿論、「気づく」ことは「答え」への始めの一歩ではある。

 出版業界は、他の何者にも勝って、常に、より新しいメディアの失敗を暴露してきた。出版業界は、「メディアが悪い。」と主張する政治家たちに援助されてきた。この「あら捜し」は、しばしば恐れ、怒り、そして反発を作り出した。「答え」は、文句を言う以上の事を行なわなくてはならない。人は、害を受けずにエンターテイメント・メディアを用いるために、メディアに対して洞察力を持たねばならない。

 問題解決への次のステップは、エンターテイメント・メディアが社会、特に暴力、性行動、価値観に関して社会に与える影響について知り、それに対する洞察力、識別力や聖書的判断力を培うことである。特に、子供たちは、彼らの生活のそのような領域に対してのエンターテイメント・メディアの影響について知る事により、自らのメディアに接する習慣を変えることができる。

 一度子供たちがマス・メディアが自分たちに与え得る悪影響について理解すれば、彼らは味方になってくれるだろう。子供たちは、メディアに対する識別力、良い物と悪い物を見分けるのに必要な批判できる考え方をもっと身につけたいと願い、エンターテイメント・マス・メディアの否定的なイメージを克服するだろう。歴史を通じて、人々はコミュニケーション、芸術、そして娯楽の力は、人生を変え、社会を形作ることを理解してきた。コミュニケーションにより人々は行動へと駆り立てられ、大いなる犠牲を払わされ、また大いなる残忍性さえも認めてしまったのだ。

 

ナチの映画プロパガンダの策略

 

 メディアの力を説明するのに、ジョセフ・ゲッペルス博士の作品を取り上げてみよう。博士は1933年から1945年、国家社会党(ナチ)の宣伝担当大臣だった。彼は、ユダヤ人、伝道的クリスチャン、障害を持ったドイツ人やその他のグループ撲滅のために、ラジオ、出版物、映画、そして劇場を用いた。

 1994年、ディスカバリー・チャンネルは、ゲッペルスがいかにしてドイツの人々に影響を与え、大量殺人を受け入れさせたのか調査した、重要なドキュメンタリーである「殺戮を売り込む」を放映した。

 このドキュメンタリーは、大多数のドイツ人が安楽死(これは殺人の婉曲表現)に反対だった時に、ゲッペルスが「私は告発する」という題名の、感情に訴える、長編映画を作ったと伝えている。美しい、知的な女性が不治の病にかかり、死にかけていて、自殺させて欲しいと願うという作品である。その映画が上映されると、大多数のドイツ人は、「考えが変わった。今では安楽死に賛成だ。」と言うのである。もう数本、ゲッペルスの病弱者や障害者についての映画を見ると、ドイツの人々は、大量安楽死(大量殺人)の強い信奉者となってしまった。残虐行為を受けるのは、ユダヤ民族だけに留まってはいなかった。焦点を当てていたのは、精神的、肉体的に障害をもつドイツ人だったのである。

 1939年、ヒットラーは「生きる価値の無い命」とレッテルを貼って、精神的、肉体的障害者を殺すよう命じている。彼の論理は、彼らを保護施設や病院で生かしておくのにお金が掛かりすぎるというものだった。しかし、本当の理由は、より優秀な民族を作り出すという考えに脅威となるものは何でも消し去るという政府の決定によるものだったのだ。歴史家のポール・ジョンソンは、次のように書いている。「ヒットラーは、いつでも目に訴えるイメージとして政治にアプローチしていたようだ。ヒットラーは今世紀最も過激な罪、すなわち社会工学という人間をコンクリートのようにシャベルで掬う概念の実践者だ。いつでも芸術的な次元がこれら悪魔的企みの中に存在した。芸術的なアプローチは彼の成功に中心的役割を果たしたのである。ドイツ人は当時、世界で最も教養のある国民だったが、彼らの心、情緒に働きかけるのはいたって簡単なことだった。」

 ヒットラーは、新しい世代の人々をコントロールするため、ニュース映画や、その他の映画を用いて彼らを洗脳していた。ゲルハード・レンペルは、次のように書いている。  

 「毎日毎日、ニュース映画に始まり、さまざまな訓練が後に続いた。日曜日の朝は、イデオロギー的なプログラムが教会の礼拝に取って代わり、日曜の午後は、映画のために空けておかれた。」

 ナチの映画の使い方と、中絶、それから安楽死のテレビ番組の類似性には恐るべきものがある。ディスカバリー・チャンネルによるナチのドキュメンタリーが放映される2週間前、あるネットワークテレビの番組が現代行なわれているオランダでの医師による患者の殺人を検討した。オランダのこれらの、患者の大量殺人の正当化は、「殺戮を売り込む」に於けるナチのプロパガンダにあまりにもよく似ていたのだ。(つづく)■

 

テッド・ベア博士

 ムービーガイド社社長、クリスチャン映画&TV委員会代表。弁護士。神学博士。元パラマウント映画プロデューサー。C.S.ルイス「ライオンと魔女」BBC制作でエミー賞受賞。ハリウッドからの聖書的ムーブメントをめざし、監督やプロデユーサーとのネットワークも広い。モーセの生涯「プリンス・オブ・エジプト」(ドリーム・ワークス)では、聖書的な監修にあたった。隔週の「ムービーガイド」誌を発行。

 

 

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