日本でもできたチャーチ&ホームスクーリング  

稲葉 寛夫 

 

第 一 章 ー 日本でもできたんだよ! ー

 

 軽井沢セミナー、ホームスクーリング東京大会…最近、日本のホームスクーラーたちが立ち上がる場面が増えています。今、日本は「ホームスクーリング、できたよ!主の導きならば、不可能はない!」という新しいステージに入ってきています。

 学校任せではない、親自身に子どもたちを教育する第一義的な使命と責任が与えられ

ている、これが聖書の伝える真理です。幸せと勝利をもたらす創造主からの命令です。「主は私たちの神、主はただひとりである。心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家に座っているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。」(申命記6:4-7)と、聖書は親に、主にある教育を命じています。

 方法は様々です。ホームスクーリング、チャーチスクール、あるいは週2時間からのホームスクーリング…と主の導きのままに自由です。また、教師の先生方の崇高な使命と尽力を、心から尊敬します。(私の父、義父母、妹、皆教師です。)しかし本質として、親が責任を持って主にある教育をする「ホームスクーリングマインド」を持って教育することは、選択枝の一つではなく、全ての親がなすべき、創造主なる神様からの絶対的な命令です。そして、神様の命令に応じようとすると、主は必ず実行する力を与えてくれます。

 ホームスクーリングとは、イエスが「最も大切」と教えた命令に基盤をもちます。「一番たいせつなのはこれです。「イスラエルよ。聞け。われらの神である主は唯一の主である。心を尽くし、思いを尽くし、知性を尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。」(マルコ12:29-30)主イエスが、一番大切だという命令を中心に、新しく踏み出すわけです。困難があっても必ず助けもあり、召された親たちには必ずできるというわけです。今、日本でホームスクーリングに立ち上がる方々が次々と起こされています。現段階の日本では、まだまだプレッシャーも多いのですから、その方々は本当に創造主に選ばれた、霊的な天才と思い、尊敬を覚えます。

 そして、踏み出された方々に、心から喜びを報いた創造主に畏敬と感謝の思いを新たにしています。「始めたら、ざざーってくる深い喜びがあると聞いていましたが、本当にそうでした。始めてみるまで、そのすごさがわかっていなかった。自分は今、本当の意味で親となり始めた思いがします.。」学校側と3ヶ月話し合って、昨秋、道が開かれた能登麻里さんの喜びの声です。軽井沢セミナーでは、こうした証しが相次ぎました。(後述)

 なぜ、日本でもホームスクーリングができたのか、確信をもって薦めることができる7つの理由を紹介させていただきます。

 

第 二 章 日本でもできた7つの理由

「父の心を子に向け、子の心を父に向ける」(マラキ4章の預言) ー 創造主の計画の中にあるゆえに ー

 

 このムーブメントは、終末の時代に起こると預言されていた運動です。「見よ。わたしは、主の大いなる恐ろしい日が来る前に、預言者エリヤをあなたがたに遣わす。彼は、父の心を子に向けさせ、子の心をその父に向けさせる。それは、わたしが来て、のろいでこの地を打ち滅ぼさないためだ。」(マラキ 4:5,6)新訳聖書のルカ伝では、イエスの道を備えたバプテスマのヨハネと上記の箇所を重ねます。「彼(バプテスマのヨハネ)こそ、エリヤの霊と力で主の前ぶれをし、父たちの心を子どもたちに向けさせ、逆らう者を義人の心に立ち戻らせ、こうして、整えられた民を主のために用意するのです。」(ルカ1:17)イエスがこの地上に降誕する前に、その道備えをした預言者エリヤ、そしてバプテスマのヨハネ。彼らが行なったことは、「父の心を子に向け、子の心を父に向ける」ことでもありました。

 それは地上の親子関係の回復から始まり、夫婦、家族、社会との関係見つめ直していくプロセス。そして、究極的には、自分と神様の関係を見つめ直し、「わたし(イエス)と父とはひとつです。」(ヨハネ10:30)という父なる神と子なる神、イエスとの一体となった深い関係に、私たち一人一人が導かれていく、大切なプロセスでもあります。

*主の道を備えるホームスクーリング

 様々な教育の荒廃、家族・学校・モラルの崩壊が加速し、創造主を否定し、反抗し、あるいは無視した社会の限界が顕著になり始めた今、「父の心を子に向け、子の心を父に向けて…主の民を用意する」、ホームスクーリングが起こるべき時を迎え始めています。父が子にこころを向けるこの流れは、「創造主なる神様が持っている時計」の大きな流れの中にあるムーブメントです。バプテスマのヨハネに習い、再臨される主キリストの道を備えていく働きでもあります。ですから、このチャーチ&ホームスクーリングは、その主の計画と御手の中にあります。このことが日本の親にもできる第一の理由です。

 

● 第2の理由 ● 

大切なことは多くないー 「いのち」に至る教育に、24時間、何年もかけることができる ー 

 

 「創造主を愛し、畏れよ。」「主イエスを信ぜよ。」「父母を敬い、従いなさい。」「すべての人を愛し、敬いなさい。」「殺してはならない。」「盗んではならない。」「性的に乱れてはならない。」「うそをついてはいけない。」「ねたんではいけない。」「強欲になってはならない。」「高慢ではなく、謙遜に。」「義のために、主に喜ばれるために生きよ。」「主に委ねよ。全てを感謝せよ。」…と、聖書は人間のいのち、生きていくことの基本を教えます。子どもたちを建て上げていく、確かな基盤と真理は、聖書にあります。これは子どもたちを「死からいのちへ」導く大切な教えです。これを、24時間、何年もかけて教えることができるのです。「主を畏れることは知識の始め。」「人は、たとい全世界を得ても、いのち(魂)を損じたら、何の得がありましょう。」

 子どもたちに、教えるべき、大切なことは、それほど、多くはありません。(もちろん、心が育てば一般の学力も伸びます。後述)教えるべき、最も大切なこと、この世の教えるどんな知識よりも、永遠のいのちの獲得、そしてキリストにある弟子訓練と宣教への派遣が何よりも大切だ、これを24時間、何年もかけて教えればいいのだ、と親がはっきりと確信を持ったこと、それが日本のホームスクーラーたちの出発点でした。

 この出発点に立ちさえすれば、ホームスクーリングが、具体的な方法として、いかに効果的であるか、すぐに気づかれると思います。ホームスクーリングとは、すなわち24時間の生活を通して、聖書を分かち、弟子訓練していくことができる、神様が示してくれた素晴らしき人生の道だからです。公園でも、プールでも、買い物先でも共に行動し、親の背中を通して、分かち合うことができます。イエス様が弟子たちを訓練するために、生活を共にし、時間と労を費やした方法です。「家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも」(申命記6:7)

 教えるべきことはわずか、それは誰に任せるではなく、親に「よく教え込みなさい」と命じられているときづいた、これが日本の親でもホームスクーリングができた第二の理由です。「思いがあっても、忙しい現実。」それで最初は週2時間、子供たちと特別な時間を割くことから、少しずつ増やしていこう、この呼びかけの中で運動が拡がってきました。

 

● 第3の理由 ● 

失敗してもいい ー 親が悔い改め成長するチャンスー

 

 第3の理由、失敗してもいいということです。ホームスクーリングを通して、親が失敗し、悔い改め、親自身もまた成長できるからです。親がこころ入れ替え、主と歩み、子供とのコミュニケーションの方法を学び、さらに良く教える、あるいは子どもと一緒に学ぶことができるのです。

 ホームスクーリングを始めると誰しも直面することは、自分の無力感であり、悔い改め、主への祈りです。子供との接し方、教え方、夫婦のきづな、そして自分と神様との関係を深く見つめ直していくことになります。

 子どもを教えていたつもりが、実は自分自身の「いのち」(申命記32:47)のためであることに気づきます。祈りと悔い改めなくして自分の能力、思い、がんばりではできない自分を発見していくわけです。能力によらず、霊によりて。「恐れてはいけない。…主があなたがたのために戦われる。あなたがたは黙っていなければならない。」(出エジプト14:13-14)「それは人にはできないことですが、神はそうではありません。どんなことでも、神にはできるのです。」(マルコ10:27)

 ご主人が勉強を見始めたが、いらいらして、「こんな問題もできないのか。」と怒鳴ってしまい、子供から拒否されたとか、自分が子供を叩いてしまい、罪の思いで苛まれている、といった質問をよく受けます。このような経験をされた方に共通項があることに気づきました。子どもの頃、成績が優れ、良い子であった方々は、自分の子どもがつまづいていると、いらいらしやすいという傾向です。

 チャーチ&ホームスクーリングを志す方々は、「他人と比較しない」という点は、しっかりと抑えている傾向があります。しかし「過去の自分とも比較しない」、「自分の願いや、型に子どもをはめない」ことも肝心と知りました。また、ある方は、あらゆる努力をして「子どもたちの心を盗む」、そして「聖書的に子どもたちの自我を砕き、抱きしめる」秘訣を教えてくれました。日々、学びの連続です。

 言い換えるならば、こうした困難と出会うことは、悔い改めと成長のチャンスであり、感謝すべきプロセスの始まりです。自分自身、親として成長するために、三つの鍵を示されました。

 第一に悔い改め。「神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」(詩篇 51:17)とある通りです。

 第二に聖霊に満たされ、知恵と力を求めること。「御霊によって歩みなさい。」(ガラテヤ 5:16)「あなたがたの中に知恵の欠けた人がいるなら、その人は、だれにでも惜しげなく、とがめることなくお与えになる神に願いなさい。そうすればきっと与えられます。ただし、少しも疑わずに、信じて願いなさい。」(ヤコブ1:5) 

 そして第三に、信じきれずとも、従い続けること。御霊の力をもってして、あきらめず、忍耐をもって時間を費やし、子どもたちの心の理解を深めることです。漁師ペテロは最初、半信半疑。しかし「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でも、おことばどおり、網をおろしてみましょう。」(ルカ5:4)と聞き従い、世界を動かす伝道者となりました。「見なさい。農夫は、大地の貴重な実りを、秋の雨や春の雨が降るまで、耐え忍んで待っています。あなたがたも耐え忍びなさい。心を強くしなさい。主の来られるのが近いからです。」(ヤコブ5:7,8)「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。私たちの願う事を神が聞いてくださると知れば、神に願ったその事は、すでにかなえられたと知るのです。」(1ヨハネ5:14-15)とある通りです。

 親が悔い改め、「心を神の御前に注ぎだす」(詩篇62:8)ことは、貴重な親子のきずなの回復になっていきます。言い換えるなら、現在、何か問題がある方々でも、悔い改めからスタートできるということです。あるいは、今、問題があるなら、学校任せにするのではなく、むしろその課題と向き合い、祈るところからスタートしてはと提案したいのです。親子関係が悪いなら、なおさらホームスクーリングを進めたいのです。悔い改めと御霊の導きへの徹底した聞き従いという条件と共に。

 

● 第4の理由 ●

親の学歴に関わらず、子どもたちが自主的に学ぶようになる

 

 親に教師の資格や完璧な知識、また学歴がなくてもできる、例えていえば、微分・積分を親が完全に理解していなくても、子供たちは必要なことを自分で学習してわかるようになる、主が助けてくださるということです。ホームスクーリングの親を、中卒、高卒、そして大卒と学歴ごとに分けて、子どもの成績を比較した研究がいくつか実施されています。結果はどれも、ほとんど差がありませんでした。学歴は関係ありませんでした。なぜ、差がでないのか。それは、親に求められることは、知識ではなく、子どもの動機付け、方向付けであるからです。

 始めて数年たったホームスクーラーの家庭を訪ねると、親がいつも一緒に勉強していないんだということに、すぐに気づかれると思います。低学年のうちは、付き添って教えますが、高学年になってくると、子どもたちは自分で勉強するようになり、親の役割は、時々、相談に乗ったり、チェックしたりという役に変わっていきます。ホームスクーラーたちの自発性、積極性が育ち、先生や親に、依存して勉強するのではなく、自分から勉強することが普通になっているわけです。

*知識のつめこみではなく、勉強の方法を教える

 親が重点的に教えるポイントは、「暗記」、「知識のつめこみ」ではありません。大切なことは「子供がわからない時にどのように解決していくか」、その解決策と学習の姿勢を重点的に教えます。例えば、わからない問題が出た時に、解説している参考書や百科事典等を探す、図書館に行って調べる、わかる人(父、友人、知人、教会の人、等)に聞く、といった解決の仕方をしっかりと教えます。子供たちは、勉強の姿勢と解決方法を身に付けているわけです。他人から言われて、競わされて詰め込んでいくのではなく、自分でどんどん進めるものだという積極的な認識をもつわけです。

*子どもが勉強する理由:神様の愛、親の愛に応答したい、神様は特別な計画を持っている、それを発見しよう!

 自分で学習する方法を身に付けているだけでなく、聖書的な動機づけを持っていること、それがホームスクーラーたちの強みです。「わたしの目にあなたは高価で尊い。」(イザヤ43:4)神様は、自分の成績等とは全く関係なく、自分を愛してくれている、この神様の視点で自分自身を見れることが出発点です。神様は何か、特別な計画を自分に持っている、それを発見しよう!これが勉強の動機づけになり、さらに自主的な学習の力となっていきます。この神の愛を深く体験させる上で、親の存在が大きな役割を果たし、育まれていきます。親に愛されているということを、自分のために時間を割き、共に過ごしている親の背を見て、実感しています。

 親によって子供たちのこころは耕され、岩に立つ基盤が造られ、苗は育てられてきたわけです。だから、子供たちの勉強の動機は、他人との競争、偏差値、将来の成功のため…といったものではなく、神様の愛、親の愛に応答したい、神様と出会うために、自分への神様の計画を見出したいとの思いが芽生え、心から納得して、喜んで勉強するようになります。

*主にある苗作り・焦らず時間をかけて

 「私の子供はそこまで優秀ではない。」と思う方もあるかもしれません。主の与えられた賜物は、将来、どのように開花するかわかりません。ホームスクーラーに落ちこぼれという言葉はありません。結果を焦らず、神様の視点で耕し続けます。御霊の導きと忍耐をもって、主にある苗造り、基盤造りを進めていくわけです。

 それぞれの子どものペースにあわせ、得意分野はどんどん伸ばし、苦手科目は、ゆっくり進める、ホームスクーリングのメリットが生かせ、勉強が好きになる大切なステップとなります。もし親が教師としての賜物、あるいは経験を持たれているなら、それは素晴らしいと思います。でも、無ければできないということではありません。主にある基盤造りが最大の使命であるなら、親の学歴とか、文部科学省発行の教師免状があるかないかは、大きなポイントではなくなってくるわけです。

 

● 第5の理由 ●

焦る必要がないー 高学年になってからダッシュした方が伸びるという研究報告 ―

 

 日本人の親でもホームスクーリングができる第5の理由、これは「ほっとする情報」です。全てに時があるから、子どもの学力の遅れ等に、焦らなくても良いということです。他者との比較ではなく、御霊に満たされて主に委ねて進んでいくということです。ホームスクーリングには様々な方法(主に8つ)が展開されています。その中の一つですが、小学校の高学年までは、教科書を用いた学習をほとんどしないという方法があります。聖書と国語と算数くらいに絞り、あとは原っぱを駆け回ったり、家事を手伝わせたりして情操を育み、学術的な学びへの基盤作りに時間をかけるという方法です。このことが学ぶことに喜びと自主性を持たせ、小さい時からスピードを速めて学んできた子供を追い越してしまうという研究結果にもとづいています。

 我が家は全科目を教えていく方法に導かれていますが、この研究結果はやはりホッとするデータです。多少ペースが遅くても、余裕をもってやっていく、理論的な根拠ともなっています。「すべての営みには時がある」(伝道者の書3:1)のであり、「時」はそれぞれ違い、年齢ではくくれないものだと思います。ホームスクーリングでは、焦らずに子供のそれぞれの個性に合わせて進むことも、止まることも的確にできるのです。

 

● 第6の理由 ●

江戸時代まではホームスクーリングが基本

 

 ホームスクーリングというのは、そもそも新しい教育方法ではありません。国が管理する学校教育が日本では明治以降、西欧でも産業革命以降、始まった新しい方法です。平安、室町…江戸時代と日本では武士の子も商人の子も農家の子も基本的には、お父さんやお母さんから習いました。それを補完する形で寺子屋や藩校があったりしました。それゆえ昭和16年までは、「家庭またはその他において教育できる」(小学校令36条)と法律で明確に保障されていたわけです。昭和16年以降、治安維持法、国民学校令発布後この条項は削除され、現在にいたります。

 義務教育とは、学校に子どもを送ることではなく教育の機会提供の義務です。憲法によって、今も保障されている基本的人権です。(60ページ吉井春人氏参照。)ですからホームスクーリングという方法は、もともと日本の歴史にあったものが復活したものです。「ギリシア的」な集団中心の学校スタイルから、聖書に記されたへブル式家族中心の教育、人類の教育の原点に立ち返る運動でもあります。

 

● 第7の理由 ●

「神の国とその義を第一とする」ーそれぞれのコーリングに聞き従うー

 

 日本人でもできる理由の最後のポイント、これが最も肝心なポイントと思います。それは創造主の助けです。「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」(マタイ6:33)「あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる」(詩篇37:5)こうした御言葉の約束に尽きます。

 主にあってこどもたちをよく教育せよ。という教育命令は、アメリカ人だけではなく、日本人も含めて、すべての親に命じられたことです。チャーチ&ホームスクーリングを御霊に明確に語られておられる方がいるなら、それは聞き従うべきと思います。主のタイミングとそれぞれの方法で。

 主が命じられたことに聞き従うなら、必ず、主の山に備えありです。主がほおって置かれるはずがありません。待っているものは勝利、勝利、しかも圧倒的な勝利です。「しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても圧倒的な勝利者となるのです。」(ローマ8:37)特にフルタイムのホームスクーリングの場合、親には犠牲が伴います。でもそれは特権です。神様から委ねられたこどもをフルタイムで主にあって弟子訓練し、建て上げることができる、将来のキリストの使徒として育んでいくことができるという恵みであり、特権です。

 

第 三 章

主の通られる道をまっすぐにせよー バプテスマのヨハネのごとく ー

 

 日本の親でもできた7つの理由、のべさせていただきました。この原則を押さえながら、あとは導きの中で、主の導きにそって、形としては自由に、日本のチャーチ&ホームスクーリングは展開中です。

 バプテスマのヨハネは父の心を子に向け、罪が赦されるための悔い改めのことばを叫びました。「荒野で叫ぶ者の声がする。主の道を用意し、主の通られる道をまっすぐにせよ。…こうして、あらゆる人が、神の救いを見るようになる。」(ルカ3:4ー6)

 今、主の御声に聞き従い、形はともかく、主に立ち返るという本質、「父の心を子に向け、子の心を父に向ける」、最初は週2時間、特別な時間を子どもたちととる、週2時間からのチャーチ&ホームスクーリングを始めようではありませんか。■

 

稲葉寛夫

 チア・にっぽん代表 元NHK・番組制作局ディレクター 前ハーベストタイムUSA副主事 早稲田大学法学部卒 フラー神学校世界宣教学部修士課程卒 「光あるうちにー三浦綾子・その日々」(地方の時代賞ノミネート)、プライム10 「再出発の冬−東京・山谷の小さな教会」(NHK番組制作局長賞受賞)他制作。

和紀子夫人と共に2人の子どもたちをホームスクーリング中。