全ての親と子どもたちへの神の教え(チア・にっぽんコンベンション2001 基調講演2)

ダグ・フィリップ

 今日、ここに初めておいでくださった方々にもご挨拶をお送りします。私は、アメリカ50万人が参加しているミニストリーを行なっています。今週、何千人もの人々が皆さんのためにお祈りしています。アメリカの子どもたちに影響を及ぼしているのと同じ問題が日本の皆さんにも影響を与えていると思います。私たちは、神様が親と子どもたちの心の中にすばらしいリバイバルを起こしてくださると期待しています。神様がリバイバルを起こす時には、父の心が子に向き、子の心が父に向くという現象がおこります。

あなたはしあわせになり地上で長生きする

 これは旧約聖書の最後の一節にあります。ルカの1章17節にも書いてあることです。今日皆さんがここにおいでになっていることはリバイバルの兆しです。神様がすばらしいリバイバルを起こしてくださることを祈りたいと思います。

 神様が人間に与えた最初の戒めと約束について学びたいと思います。この国の将来は、この約束にどう応答するかにかかっています。教会の成功は、この約束にどう応答するかにかかっています。家族としての成功も、この約束にどう応答するかにかかっています。

 エペソ書6章1節〜3節には「子どもたちよ。主にあって両親に従いなさい。これは正しいことだからです。『あなたの父と母を敬え。』これは第一の戒めであり、約束を伴ったものです。すなわち、『そうしたら、あなたはしあわせになり、地上で長生きする。』という約束です。」注目すべきは子供たちにとって「これは、まず第一の戒めであり、約束を伴ったものである」と書かれていることです。

 神様が何か最初に言われることは、いつも重要なことで、皆さんがそれに注目して欲しいという意味が含まれています。何ページもある聖書の中で、子供達への最初の戒めに神様が選んだのはこのことなのです。ここの集まっている皆さんは、大人の方も含めて、必ず誰かの子供ですよね。

 二つ目の約束は、これを守る時に皆さんが「幸せになり」と書いてあります。あなたは幸せですか。あなたも、あなたを雇っている人たちも幸せですか。ご両親は幸せですか。子どもたちは幸せですか。これらの関係の中に幸せを見つけられないとしたら、あなたは何か問題をお持ちではないかと思います。

 この約束は、人生のあらゆる面にかかわりを持つものです。悪霊は神様の主義、原理を曲げます。聖書は私たちが先祖を礼拝するようには言っていません。両親が罪を犯すのに従うようにとも言っていません。聖書は他のだれに従うよりも前に、キリストに従いなさいと言っています。アメリカの多くの親たちが、このことをきちんと理解していないがゆえに失敗をしています。子どもの尊敬は得たいと願っているのに、自分の親を尊敬していないのです。

 事実、アメリカの多くの人たちが、権威を持った人に対して拳を上げている状態です。妻たちは夫に挑戦し、夫たちは雇用主に対して挑戦し、家族は牧師に反対しています。ですから子どもたちも、親に対して逆らっているわけです。この症状はまるで伝染病のように広がっています。

 ここにいる子どもたち、若い人たちに質問します。あなたが一緒に時間を過ごしたいのはお友だちですか両親ですか。何か相談する時、お友だちからアドバイスをもらいたいですか、それとも両親からもらいたいですか。お友だちが良いと言うことと、両親が良いと言うことのどちらを価値あることと思いますか。テレビを見たいですか、それともお父さんと話したいですか。友だちと出かけたいですか、それとも家でお母さんのお手伝いをしたいですか。

 今度は親の皆さんに質問します。自分の罪、過ちを自分の子どもたちに告白することができますか。お父さん方、自分の仕事を脇に置いても子どもたちと歩む時を過ごしますか。自由な時間があったら子どもと共に過ごしたいですか、それとも自分の過ごしたいように時間を過ごしますか。

 これらの質問の答えが約束について理解しているかどうかの答えです。「父と母とを敬いなさい。そうしたらあなたは幸せになる。」親の権威に対して従順な子どもは幸せに生きている子どもだと思います。

 第一にこれは戒めを伴ったものであります。第二にそうしたらあなたは幸せになると言う約束があることを確認しました。  

 第三のポイントは、そうしたらあなたは地上で長生きするというものです。「あなたは地上で長生きし…」というのは、私たち自身の人生が長くなるだけではなくて、子どもたちの世代まで家族が長く続くということです。つまり、もし親が子どもに信仰を継承して、子どもが親を尊敬し、その子どもが親を尊敬していくならば、力強い信仰の継承がなされていくわけです。

 

私たちに父親を与えてくださったのは神様

 

 神様は、クリスチャン・ホームの一つ一つがこの地にあって力強い家族であってほしいと願っておられます。

 世の中の家族は子どもを堕胎しています。世の中は子どもを拒絶しています。世は政府に子どもを育ててもらっています。世の中の人たちはアメリカの映画に子どもを育ててもらっています。そのようにして将来の世代を切り離してしまっているのです。そんな家族に将来があるでしょうか。世の子どもたちは、成功(succeed)するように言われていますが信仰を継承(succeed)するようには期待されません。

 聖書の歴史を振り返って見ますと、常に、子どもが親を尊敬することを伝える歴史が繰り返されてきたと思います。親を尊敬する子どもは、神様が十分に祝され、用られる人物になっています。親を尊敬しない子どもたちは破壊に向かっていきました。この原理を確認して、このことにかかわる祝福とのろいについて見ていきたいと思います。 では、どのようにして「尊敬する」ことを教えるのでしょう。 例えば、間違った、歪んだ権威の人たちに対してはどうやって敬意を払えば良いでしょうか。

 皆さんの多くが、クリスチャン一代目だと思います。両親が選ぶより先にキリストを選ばなければならなかったという状況にあった方もおられるでしょう。聖書は、神様を信じていない両親であっても尊敬するようにと教えています。

 2週間前のことですけれども、カリフォルニアで、300人くらいの男性の前で話をしていました。「皆さんのうちで、どのくらいの方がご自分のお父さんを愛していますか。」と尋ねました。50%の人たちが父親に対して怒りを感じていて、父親を赦せないという気持ちでいると答えました。彼らの父親が彼らを拒絶していたか、あるいは、ひどい振る舞いをしていたというのです。クリスチャンの参加者の方々が、父親を赦せなかったというのです。彼らの子どもたちも父親を赦せなかったのです。もし、親を尊敬することを知らないならば、たとえクリスチャンであっても、子どもたちがその親を尊敬するように教えることはできないのです。

 ここで、この約束をもう一度確認したいと思います。出エジプト記20章の12節に「あなたの父と母を敬え」と、同じ約束が書かれています。申命記の5章16節にも同じ約束があります。繰り返し繰り返し、聖書の中にはこの約束が書かれています。ヘブル書を見ると、なぜこのように繰り返されているか説明しています。ヘブル書12章に、神様は私たちに肉の父親を与えられたとあります。肉の父親は、子どもたちに父親を尊敬するように教えよと神様が言われています。どうして父親を尊敬するように教えるかというと、肉の父親は、父なる創造主を象徴的に表わしているからです。

 実際に聖書は、もしあなたが肉の父親を拒絶するなら、それは天の父を拒絶することになると言っています。大切なことは、私たちに父親を与えてくださったのは神様だということです。私たちが自分で父親を選んだわけではありません。

 神様を恐れない父親がいるかもしれません。しかし、神様がその父親をあなたに与えたのです。それは神様の選びの方法です。神様はご自分がなされることをよくわかっておいでです。神様は、皆さんに何かを教えようとされているのではないでしょうか。

 

若者をその行く道にふさわしく教育せよ

 

 恐ろしいメッセージがヘブル書にあります。もし肉の父親をきちんと尊敬しないならば、その子どもは、不法の子、私生児である。単純な理由でこのことを言っています。私たちは、自分の家族を通して尊敬することの原理を学びながら、父なる創造主を尊敬するということを学んでいるのです。すべての社会にある原理、秩序というものは、この原理に基づいています。この原理をしっかりと受け入れる時に、神様は私たちの世代をもっと広げてくださるのです。

 使徒行伝2章に、「なぜなら、この約束は、あなたがたと、その子どもたち、ならびにすべての遠くにいる人々、すなわち、私たちの神である主がお召しになる人々に与えられているからです。」とあります。箴言22章6節には、「若者をその行く道にふさわしく教育せよ。そうすれば、年老いても、それから離れない。」とあります。

 ここから、私たちが子どもたちに親を敬うことを教えれば、彼らは大人になっても尊敬し続けるのだということがわかります。

 詩篇103編17節には、この約束は将来の世代までつながるとあります。「主の恵みは、とこしえから、とこしえまで、主を恐れる者の上にある。主の義はその子らの子に及び、主の契約を守る者、その戒めを心に留めて、行なう者に及ぶ。」

 契約というの内容は、神様の約束をその子どもたちに伝えていくということです。旧約聖書の中で繰り返し言われていることは、「あなたの父の神を尊敬しなさい、崇めなさい。」です。この原理を日本人のクリスチャンがしっかり守っていくならば、将来にわたって子どもたちが力強く用いられていくことを信じます。

 アブラハムは、子どもたちが彼を尊敬するように教えたと聖書にあります。そしてアブラハムの子孫は永遠に続きました。完全な模範が父なる神と子なるキリストの間に見られます。キリストは、「私は自分からは何事も行なう事が出来ません。」とおっしゃいました。「私の裁きは正しいのです。それは私自身の望むところを求めず、私を遣わした方の御心を求めるからです。」とあります。ヨハネの福音書10章30節では、「わたしと父とは一つです。」とまで言っています。これは何かすばらしい夢物語のように聞こえますか。神様が願っておられることは、あなたの子どもたちがあなたに向かって、「ぼくとお父さんとお母さんとは一つだよね。」と言う時が来るということです。個人的な話ですが、昨晩ここを去る時に、神様は特別な祝福を下さいました。息子がそばにやって来て、私の足にしがみつき、こう言ったのです。「お父さん、こうして一緒にいられて嬉しいよ。ここに連れて来てくれてありがとう。」

 これが、今私が話している祝福です。神様からの賜物です。私たちが子どもたちの心のために立ち上がる時に得ることが出来るのです。

 

「ぼくはお父さんの子どもで良かった。」


 私はアメリカで小さな教会を牧会しています。私たちの教会では子どもたちに尊敬することの大切さを教えています。子どもたちが大人と一緒に座るように訓練しています。大人の会話にも耳を傾けるように教えています。親に向かって話す時は、気をつけて話すように訓練しています。従わない時は、鞭を持つ時もあります。

 毎日、私は子どもたちに向かって、「我が子よ、あなたの心を私にくれますか。」と質問します。「あなたの目が私の生き方をしっかり見ていますか。」それはソロモンが彼の子どもたちに語ったことです。

 もし皆さんが心から子どもたちの心に向かってこのことを語るならば、子どもたちはそれに応答してきます。それは心からの言葉でなければならないのです。子どもは私たちが口先だけで語っているかどうかを見抜きます。

 箴言の1章、7節から9節までを見てみたいと思います。

 「主を恐れることは知識の初めである。愚か者は知恵と訓戒をさげすむ。わが子よ。あなたの父の訓戒に聞き従え。あなたの母の教えを捨ててはならない。それらは、あなたの頭の麗しい花輪、あなたの首飾りである。」 

 ごく普通の息子たち、娘たちが親を尊敬する時に、すばらしい飾りを持った人間になるのです。

 聖書はまた、このことを教えないならば、子どもたちは盲目の状態であると教えています。このことをしっかりと教えると、すべてのものが良く見えるような子どもになると教えています。判断力や、理解力のある子になります。これは箴言の6章20節から23節にあります。

 「わが子よ。あなたの父の命令を守れ。あなたの母の教えを捨てるな。それをいつも、あなたの心に結び、あなたの首の回りに結びつけよ。これは、あなたが歩くとき、あなたを導き、あなたが寝るとき、あなたを見守り、あなたが目ざめるとき、あなたに話しかける。命令はともしびであり、おしえは光であり、訓戒のための叱責はいのちの道であるからだ。」(箴言6:20-23)

 両親は子どもにとって祝福であるべきです。子どももまた、両親にとって祝福であるべきです。アメリカの親は子どもに向かって厳しい語りかけをします。これは悲しいことです。聖書は私たちに優しい言葉について教えています。子どもを見る時、優しい心で見つめなければいけません。箴言の4章を見ますと、「子どもらよ。父の訓戒に聞き従い、悟りを得るように心がけよ。私は良い教訓をあなたがたに授けるからだ。私のおしえを捨ててはならない。」とあります。

 次の大切な言葉を覚えてください。「私が、私の父には、子であり」ここに何が書いてあるかわかりましたか。それは素晴らしい立場、地位です。「ぼくはお父さんの子どもで良かった。」最近、息子が私に言ってくれたこと、これは、私が父に対して言ってきたことと同じです。私は、私が父の息子であることを本当に誇りに思っています。私は神様に、父のゆえに感謝しています。

 「父は私を教えて言った。『私のことばを心に留め、私の命令を守って、生きよ。』」

 あなたはイエス・キリストに対する愛を持っていますか。救い主のことを考える時、心が温かくなりますか。イエス様があなたを救う前、どんなにひどい人生を過ごしていたか覚えていますか。キリストがどのようにして、その血潮をもってあなたの罪を覆ってくださったか覚えていますか。それは幸せなことですか。それが幸せなことでなかったら、何一つこの世にあってあなたが幸せに感じるものはありません。

 この喜びに似たものを、私たちが子どもを見る時に感じなくてはならないのです。もしキリストについて素晴らしい感情を持つなら、どうして子どもに対して素晴らしい感情を持たないでいられるでしょうか。

 神様があなたに子どもを与えられたのは、あなたの人生に起こった素晴らしいことが、同じようにあなたの子どもたちの人生にも起こるためなのです。

 

霊的なわしが来て、霊的な目をえぐりとっている

 

 親に尊敬を払う時にどのような祝福があるかお話ししたいと思います。また、親を尊敬しない時に受けなくてはならないのろいについてもお話します。聖書は、「神を恐れて生きよ。」と言います。

 聖書で命令されていることを行なわないことに対して、私たちは聖い恐れを持たなければいけません。出エジプト記21章15節に、「自分の父または母を打つ者は、必ず殺されなければならない。」17節には、「自分の父または母をのろう者は、必ず殺されなければならない。」とあります。

 厳しすぎると思われますか。この啓示を受けたモーセは、その重要性をよくわかっていたようです。神様がおっしゃっているのは、もし私たちが、(子どもたちが親を)尊敬しないことを許すならば、国が滅びてしまうと言うことです。父をのろうというのは、神様をのろうということにつながります。

 それは、お父さんは神であるということではなく、神様が、お父さんを尊敬するべき権威としてあなたに与えているからなのです。

 申命記の27章では、両親をのろうのは偶像礼拝の罪と同じだと言っています。日本では、この言葉は特別な意味合いがあると思います。クリスチャンであっても、あなたが両親に対して逆らう気持ちを持っているならば、キリストの血潮を主張しても、偶像を拝むノンクリスチャンと同じ罪を犯していると見なされるのです。多くのクリスチャンが両方を持ちたがります。すなわち、親を尊敬しないでいて、クリスチャンでいたいということです。クリスチャンでありながら、権威を否定したいのです。聖書は、そのようにする時、信仰を否定しているのと同じだと言います。

 聖書は、私たちがそのような姿勢でいる時、死体をついばむコンドルのような動物に目をえぐられるというのろいがあると言っています。箴言30章、11-17節です。「自分の父をのろい、自分の母を祝福しない世代。自分をきよいと見、汚れを洗わない世代。なんとも、その目が高く、まぶたが上がっている世代。」

 アメリカでは、よく小さな子どもたちが両親に対してこんなことをします。(上目づかいで見る)「お父さんの言うことなんか聞きたくないよ。お母さんの言うことなんか聞きたくないよ。」という姿勢です。これがこの御言葉の言っていることではないでしょうか。自分では賢い子どもになったと思いながら、心は曲がっているのです。

 次の節を見てみましょう。「歯が剣のようで、きばが刀のような世代。」こういう顔をする子どもを見たことがありますか。これは、あごを硬くして、逆らう顔つきです。(「いーっ」と言っている顔。)アメリカの小さな子どもたちはいつもこんな顔をするんです。日本の子どもたちもそうですか?「自分の父をあざけり、母への従順をさげすむ目は、谷の烏にえぐりとられ、わしの子に食われる。」わしが子どもの目をえぐりとるなど、聞いたことがないと思われるかもしれません。でも、私は毎日こういうシーンを見ています。霊的なわしが来て、霊的な目をえぐりとっているのです。普通の公立の学校に行った場合、周りの子どもたちは、皆さんの子どもに向かって、両親の言うこと、神様のことなんか聞かなくていいよと言って、目が見えない状態にしてしまいます。

 

神様はすべてを備えて、あなたをここに導いている

  どうしてこのようなことを強調しなくてはならないのか、と思われますか。これが教育の一番の核心であるからです。皆さんの子どもが、たとえ博士号を持たなかったとしても、このことをしっかり踏まえて育つなら、素晴らしい子どもになります。このことを理解する子どもなら、東大の学位がなかったとしても、素晴らしい教育を受けた子どもとして育っていくでしょう。

 尊敬するということをしっかり学んだ子どもたちは、雇い主から大事にされます。異教徒でさえも彼らを祝福します。それは、尊敬ということを理解する子どもたちだからです。

 尊敬ということを子どもたちに教える時、一週間に一時間では十分ではありません。一瞬一瞬、毎時間毎時間、毎日毎日、このことをそばにいて教えないといけないのです。何千時間もかかります。大変な仕事です。それは人生の一秒一秒を要求するものです。しかし、世界で一番素晴らしい祝福を得ることができます。これが、ホームスクーリングをしているアメリカ人の人たちが見つけていることなのです。

 ホームスクーリングをしている二百万人のアメリカ人たちは、子どもたちに両親を尊敬することを教えているのです。この人たちが言うジョークをご存知ですか。お店に行くと、だれがホームスクールの子どもかがわかると言うものです。親に対して敬意を持って話しているならホームスクーラーです。私たち家族はよく旅に出ますが、全く知らない人から、「あなた方は、ホームスクーラーですか?」とよく尋ねられます。それは、子どもたちが、他の子どもたちと違っているからです。ローマ書1章に、親に逆らう世代はのろいの世代だという表現があります。もし、あなたの子どもが両親に逆らうように育っているならば、周りの人たちは神様の言葉を本当に尊重するでしょうか。

 私たちがキリスト教の教育を大切にすることが、どれだけ伝道にとって影響があるでしょうか。周りの人は、皆さんの信仰が家族の中にどう生きているのかを見ています。神様を信じていると言っても、家族の中に表れていない、そんな信仰にだれが従いたいと思うでしょうか。

 聖書に書いてある最後ののろいについて学びたいと思います。箴言20章20節「自分の父や母をのろう者、そのともしびは、やみが近づくと消える。」箴言15章20節「知恵のある子は父を喜ばせ、愚かな者はその母をさげすむ。」

 皆さんに一つチャレンジしたいと思います。親である皆さん。あなたはご自身のお父さん、お母さんと良い関係にありますか。あなたの両親がした失敗について、あなたは赦しをもって臨んでいますか。父親を、母親を、そのありのままで受け入れていますか。神様はすべてのものを備えて、あなたをここに導いておられます。そのことに関して感謝の心を持っておられますか。単なる口先ではない、心からの本当の感謝の思いです。もし感謝の思いを持っていないなら、子どもたちが同じような尊敬を払うことは期待できません。

 

ダビデは権威に対して拳を上げなかった

 一つのチャレンジがあります。もし、あなたが両親に対して赦していないことがあるなら、今日、赦してください。まだ両親との和解がなされていなかったなら、どうか今日、和解してください。もし両親に、あなたの失敗について赦しを請うことをしていなかったなら、今日それをしてください。

 この場を離れて家に帰る時、受話器を取り上げ、電話をかけてください。そして正しい関係を取り戻し、神様との正しい関係をも取り戻してください。このことをしないで、生き方を、素晴らしい人生の旅路を子どもたちに教えることはできません。  

 あなたの両親は未信者かもしれません。そんな話は聞きたくないと言うかもしれません。何を言っているのか理解してもらえないかもしれません。もしかしたら怒りを持って「そんなことかまうな。」と言うかもしれません。

 そのこと(あなたの両親の、あなたに対する態度)は、神様にとっては重要ではないのです。

 神様は、あなたとあなたの両親に対する態度を気にかけておられます。そしてあなたの子どももそれを見ています。

 励ましになることもお話しましょう。一番ひどい権威に対して神様を信じるものがどう応対したか、聖書の中に良い模範が示されています。それは、ダビデ王とサウル王の関係です。

 サウル王は、ダビデにとって王様であり義理のお父さん、つまり、神を表わす存在でした。ダビデは父を尊敬しましたが、父はダビデを拒絶しました。サウルはダビデに対し、嫉妬し、怒りを持ちました。ダビデはそれにどのように応答したでしょうか。自分の権威に対して怒りを持って立ち上がったでしょうか。

 ダビデはそうしてもよい人でした。しかし、ダビデは権威に対して拳を上げることをしませんでした。

 ダビデの姿勢はどうでしたか。サウルの悪い思いから逃げるという姿勢です。時々、私たちクリスチャンは、間違った、悪意のある権威から逃げなくてはならないことがあります。それでもサウルがダビデを追い続けた時に、友人たちは皆ダビデに、サウル、すなわち権威ある者を殺すように勧めます。

 しかしダビデは、サウルの前にひれ伏して、顔を伏せて、「わが主よ、わが父よ、わが王よ。」と語りかけました。「どうして私を追うのですか。」ダビデは、私たちが間違った権威に接する二番目の模範を示しています。彼は権威の人に訴えます。また、受け入れてもらえなかったため、三つ目に、サウルに向かって警告しました。「私は、神に油注がれた者に手を上げることはしません。主があなたと私の間を裁かれます。私は裁きません。」 

 もし、あなたが親か他の権威ある人たちによってひどい目に会っているなら、神様があなたを守られるということを忘れないでいてください。

 

「そうすると、あなたは幸せになる。」

 今日家に帰ったら、家族で集まり、子どもたちを周りに呼んで、奥さんをあなたの隣に置いて、家族に向かう時を持って下さい。お父さんであるあなたが、自分の父親に尊敬を払ってこなかったことについて悔い改めをすることは、神様に敬意を払うことになります。

 子どもたちの肩に手を置いて、「この家族が尊敬を払う家族になるように変えてください。」と神様に祈ってください。「主よ。私は、尊敬するという原理を子どもたちに教えます。」と約束してください。

 そして、子どもたちと一緒に祈ってください。あなたがあなたの両親との関係を正すのを子どもたちに見させてください。夫である皆さん。奥さんに、敬意を持って語りかけてください。父親の成すことは、家族への良い見本になるからです。子どもたちも母親に対して尊敬を持って語りかけるようになります。   

 父親の役割というのは本当に重要なのです。私たちは子どものために叫びの声、祈りの声を上げなければなりません。もし子どもが尊敬を払わなければ、訓練をしなければなりません。口先だけではなく、心の底から敬意を払うことを教えなくてはいけません。

 聖書の言葉が、「わが子よ。あなたの心を私に与えよ。そして私の行く道を見なさい。」と言っています。また、「父と母を敬いなさい。」と言っています。「そうすると、あなたは幸せになる。」と。■

 

ダグ・フィリップ(ファミリー・ビジョン代表、弁護士)

ユダヤ系アメリカ人で父はニクソン、レーガン政権下で閣僚を務める。幼いときからホームスクーリングで育ち、多くの時間をホワイトハウスで過ごす。弁護士として、ホームスクーリング法律擁護協会(HSLDA)で活躍。現在はファミリービジョン代表としてアメリカ各地のコンベンションで最もインパクトを与えているスピーカーの一人。五人の子供たちをホームスクーリング中。「チア・コンベンション2001」の基調講演者としてベル夫人と二人の子供たちと来日、好評を博した。


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