主はパーフエクトだから大丈夫

工藤 由紀子

疑問無く入学させたものの

 主人は牧師です。本当に教会を愛し教会で奉仕することを喜びとして、牧師は祈りに専念するものだという考えでした。子育てに関する考え方がちがうかも、と思いつつ、忙しさにまぎれて、子供に聖書をひらくこともあまりないような日常でした。そうするうちに、学齢になり長男が小学校に入学。次ののぞみも入学しました。この子はある面とてもおっとりしているので、学校でもそのペースについていけず注意を受けたりするなか、親としては、もう祈ってだすしかないと思って「がんばれ、がんばれ」と、ただ励ましていました。

 

イエスさま信じてる人いないみたい

 この子が、あるときこんなことをいいました。「のんちゃんのクラスね、イエスさま信じてる人いないみたい。先生も信じてないみたい。」1年生の子がこういう言葉を発したのです。お兄ちゃんは「ぼくんとこもだよ。イエスさまの話なんかしたって通じないからね。」

 

主は子供の心にふれてくださった

 ホームスクーリングという言葉は知っていましたし、実際されている人との出会いもありました。でも最初は、本当に間違った認識をしていて、学校にいけない、問題をかかえてる人のすることではないか、弱い家族がすることなのではないかと、心のなかでさばいていました。しかし、ハーベストタイムを見、母子で沖縄のセミナーに参加しているうちに、主は子供の心にふれてくださったのです。

 先ず下ののぞみが「神様が喜ぶ道を行きたいから、もう学校にいかない。」と、登校しなくなりました。そして当時学級代表をしていた3年のみのるも泣く泣く「僕は学校が大好きだけど神様がエペソ5章10節をくれたので、僕も学校にいかないことにする。でももう少しだけ行ってもいい?」と、泣いたんです。毎朝誰よりも早く登校し、帰ってきたら、その日一日あったことをおもしろおかしく話し、日曜学校にはクラスの友達を誘っていた子なのです。でもその時、そう決心して、主からきた感動で感極まって泣いていました。

主に喜ばれることが何であるかを見分けなさい。(エペソ5章10節)

 

 確信の深まりとともに

 自宅の引越しした9月からみのるもホームスクールをはじめました。今もときどきはいいようのないさびしさを体験しているようですが、その様子をみて、親として、この決断は本当によかったのか、正直ものすごく悩んだ時もありました。夜、突然目が覚めてこどもたちの将来が不安になった日もありました。

 本当に、チアにっぽんの働きがなければ決断もできなかったし、すぐに小学校にまた送っていたかもしれません。マガジンを何度も読んでは真理にふれ、コンベンションに参加しては癒され、確信をもち、そして手紙や電話で励ましてくださる方との出会いも与えられ、そうしているうちに、迷いも少なくなりました。

 ある方が、お便りのなかで母親は弱さばかりでも、信じている主はパーフエクトだから大丈夫とありました。アーメン、ハレルヤです。

 最初は予定どおり、勉強がすすまなくて、あせる気持ちもありましたが、わが家はもちろん、開拓教会ですから、毎日、大勢の人が祈り会やら、学びやら、また突然の来客やらと、変更があたりまえなのです。どうしても計画どおり行かない、ということがわかってからは、全てを主に委ねることにしました。すると、なんだかとても落ち着きました。

 

 大人の私達が癒されて

 そのうち、この子たちも、一時は世の中に流れて教会から離れるんだろうなあ、なんて漠然と心配していたのですが、もうその心配もなくなったのです。それがまた主の恵みで興奮しています。

 ホームスクーリングを始めて、まず大人の私達が癒されています。日々の中では、いろいろな悩みや落ち込みもありますが、主と深い交わりをもちさえすれば、平安はすぐに回復します。深く主を知っていくなかで、このホームスクーリングの恵みに、ひたすら感動するばかりです。   ◇