ー C&Hで受けた教育 ー 今に生きる軌跡と経験

ダニエル・ファンガー

一生伝道するつもりでいましたが、ここ11年ずっとコンピュータの会社をやっています。聖書に、人は計画を立てるけれど、実際は神様が導いている、とありますが、本当にその通りだという気がします。

 

C&Hで育って

 私は昭和32年に、岩手県で兄3人姉3人の7番目として生まれました。父は宣教師として50数年前に日本に来ました。私は日本で生まれて、ずっと日本で育ちました。6歳から2年間、チャーチスクールのような形でフィリップ先生に教わりました。それから8歳の時、今の宮城啓明小学校が開校し、4年間学びました。その後、公立中学校に3年間通いました。つぎの3年間はもっぱら伝道活動をしながら、アメリカのハイスクールの通信教育で高校の課程を修了しました。その後18歳の時から6年間、24歳まで明泉幼稚園に就職し、その間、玉川大学の通信課程を修了して教員免許を得ました。 

 明泉幼稚園で働くことは、我々の伝道活動、生活をサポートするための手段でもありましたし、若い人たちの訓練のため、という事もありました。当時は私の下に若い人たちが沢山おりまして、彼らがどんどん卒業してくるので、我々の定年は大体24歳くらいだったのです(笑)。その後、本当は台湾に伝道に行く予定だったのですが、結局はコンピュータのプログラミングを始めて、明泉幼稚園のためのソフトを作り上げました。その仕事は31歳の時までぎっしりあって、今度こそ本当の退職ということで、後は一生伝道するつもりでいましたが、ここ11年ずっとコンピュータの会社をやっています。聖書に、人は計画を立てるけれど、実際は神様が導いている、とありますが、本当にその通りだという気がします。

 

自分たちで教育を

 

 実は私の上の兄、姉の時代には公立の小学校に通わせていたのです。しかし、担任の先生が学級全員を連れて神社におまいりに行くとか、いろいろなことがあり、これは自分たちで教育すべきではないか、と思うようになったのです。その頃、宣教師たちは、一箇所に集まって、一緒に仕事をし、子供たちの教育をしよう、ということになりました。そして、子供たちを学校から出したのです。このことが、当時私達の大きな課題になりました。この頃には子供たちも結構な数になっていたので、今は園長のフィリップ先生が、「みんなのためにやります。」と手をあげてくれたのです。

 私はフィリップ・ブローマン先生に2年間教わりました。私が6〜7才の頃です。その頃の「聖書のお話」がとても印象にのこっています。それは、「自分も聖書の英雄たちみたいに、大きくなったら本当に神様に従いたい、信仰を持ってやっていきたい」と願うほどに、幼い私の心に強く焼き付けられたのです。

 8歳の頃に宮城県の丸森町に啓明小学校ができました。そこで私は8〜12歳まで勉強したのですが、その時の印象として一番残っているのは、「言語教育」です。8〜12歳の頃に、英語、日本語、中国語の3ヶ国語を学んだのです。中国語を学ぼうというのはポール・ブローマンさんのアイディアでした。とにかく将来中国の福音伝道に行かせたいと、始めたのです。日課として、朝7時から夕方5時くらいまで勉強していました。3ヶ国語ありますから結構ボリュームがありました。

 読み方、書き方、言語さえ覚えれば、後は何でも覚えられます。コンピュータを始める時もほとんど独学でしたし、最初に明泉幼稚園の会計システムを作るときも、本屋さんへ行って会計の本を買ってきて読んで、あとは手でつけている帳簿の数字の流れをチェックして、ソフトを組んでいったりしました。

 ポールさんは、玉川大、日大を卒業していますが、コンピュータについては、あまり教育を受けていません。でも、自分で自分を教育しました。コンピュータを始めようと言った時も、ポールさんが何かの仕事で香港に行ったついでに、段ボール箱2、3箱にぎっしりと本を買って持ち帰ってきたのです。今でも感心しているのですが、あの大量の本を1ヵ月半くらいかけて全部読破して、それで自分の学んだことを、我々に2週間くらいの短期間のコースで教えてくれて、それで我々がスタートした、ということです。

 私も実際に経験しています。現在も、学校で学んだ知識は余り使っていないのです。中学校は公立に通い、日本語の上達には役立ちました。ただ、そこで覚えた日本語は東北地方のズーズー弁で、結局私は18歳で幼稚園に勤め始めた時に直さなければなりませんでした。

 

「私は本当に罪人だ!」

 私が中学生の時は、とにかく「大人になったら伝道者になる」とだけ思っていました。信仰を持っていると思っていました。しかし、それはほとんど頭の知識だったのではないかと思います。そのことがわかったのは高校の年齢でした。

 私が16歳の時だったと思いますが、夏のキャンプで洗礼式がありました。その時、神様が私の心に語りかけたのです。「お前、いま死んだらどこへ行くのか。」と。私は、親に隠していた罪があり、はっきりわかったのです。洗礼を授けられた人が喜んでいる姿を見て、自分は違う、ということがわかったのです。それは本当に聖霊の声だったと思います。

 私はずいぶん暗い気持ちになって、悩みながら林の方へ歩いていきました。すると、父が私のことに気づいて後をついてきてくれて、いろいろと話しかけてくれました。その時に、わあっと私の心の内のすべてが出てきたのです。実は私は13歳の時に洗礼を受けていたのですが、この時に「私は本当に罪人だ!」ということがわかったのです。神様の福音と言うのがわかったのです。その時まで確かに自分は、また、全世界の人は罪人だ、と言うことは頭ではわかっていました。でもやはり、「一緒に中学校に通っている周りの人たちより、私はいい」と、どこかで思っていたのです。

 子供の教育と言うのは、「主を恐れることは知恵のはじめである。」と箴言にもヨブ記にも詩篇にも書いてある通り、ここが最大のポイントだと思うのです。結局クリスチャンの家で育った子は、そこが一番危ないように見えるのです。「ああ、この子は結局自分が罪人だという事を認めたくない、聖書に書いてある心の割礼がない。」と思う時があります。

 私は自分の罪、そして神様の愛が本当にわかってからは、子供たちに福音を語っている時、自分が考えて話しているのではなくて、聖霊が自分を通して話しているのがわかるようになりました。そこには、深い喜びがあり、子供たちの真剣に聞いている姿に「これは神様の働きだ!」と実感しました。そのように、私が本当の意味で悔い改めて福音を信じた後に、一年半ほど伝道できたことは、とても大きな力になっていて、そのことをすごく感謝しています。

 明泉に勤め始めた時期も、私にとってはとても大事な教育の一部だったと思っています。私はその頃、かなりまじめに仕事をしているつもりでした。でも、たまに父が園長先生に聞くのです。「最近ダニエルはどうですか?」そして園長先生の返ってくる言葉を聞いて、私はがっかりするわけです。「まあ、自分の仕事はまあまあ良くやっているけれど、みんなのことや幼稚園全体のことを考えていない。」私は18歳でしたが、ぴんとこなくて、「もう朝から晩までこんなに一生懸命にやっているのにどうして?」と。でも数ヵ月後にまた、父が聞くのです。また、同じ返事がきます。また、

がっかりしてしまって。

 それが3回続くと、私も本当に真剣に考えるようになりました。そして、もっと何かできることがあるのかなと、周りを見渡すようになったのです。

 それでいろいろなところに気がついたら、園長に報告したり、他の人ができていない仕事を手伝ったりするようになりました。そのようなことは一つの例ですが、このような訓練をたくさん受けたのです。

 

遠慮しないで訓戒しあう

私の行っている宮城県丸森町の教会というのは、子育て子育てといいながらも、たくさんの失敗もありました。私自身の父母も、結局11人産んで、9人を養子にし、その20人の子どもの内の6人ぐらいは主から離れてしまったのです。

そのような中でもひとつ、良かったと思うのは「お互いに遠慮しないで訓戒しあう」ということでした。人を戒めることは楽ではなくて、辛いことです。受ける方も辛いです。でもクリスチャンにとっては、このことは子供の教育と同じように、大人になっても必要なことだと思います。

 私も振り返ってみて、私はあの時にきつく注意されたことが、逆に一番助けになったのだと思っています。聖書の箴言の言葉に、「知恵をもって戒める者は、これをきく者の耳にとって、金の耳輪、精金の飾りのようだ。」箴言25章12節、「あからさまに戒めるのは、ひそかに愛するのにまさる。」箴言27章5節、とあります。

 

形だけになっていないか

 アジアにも、現地の兄弟のために、丸森と同様の学校があるのですが、教育のモットーとして掲げているのは、「正直、勤勉、従順」です。この3つをみんなで小さい時から子供たちに教えようとしてきたはずなのに、どうもおかしいのです。幼稚園に勤めに来る子にしても、私たちの会社に来る子達にしても、この3つのことを本当にきちんとできる子は少ないのです。何がおかしくてそうなのか、考えるわけですが、結局信仰です。

 子供自身が本当に主を恐れること、それを覚えなければだめなのです。気をつけなければならないのは、形だけの教育になっていないか、ということです。私たちは皆、欠点や弱さを持つ身ではありますが、子供に正直でありなさいと言いながら、親がごまかしていれば子供はそれを見るわけです。子供は私たちの言葉ではなくて、私たちの模範を見ていて、同じことをしているのです。不正直の中には、偽善なども入ってくるのだと思いますが、そういうのを子供は敏感に見るのです。

 アジアにある女の子がいます。小さいときは、評判の良い子供でしたが、仕事になると、実際は問題で、自分の間違いを認めない強情と偽善があるのです。礼儀作法などはとてもよくしつけされていて、返事も良く立派に見えます。でも傲慢なのです。人間には盗みとか性的な罪とか、いろいろな罪があります。しかし、果たして神様の前では、どちらの方がもっと危険なのかと考えた時、人間の一番大きな罪は、神様を恐れない傲慢ではないかと思うのです。

 

へりくだる心、砕かれた魂

 先日アジアに行った時に、ちょうど旧約聖書を読んでいて気がついたのです。詩篇51篇17節、ダビデ王様の祈りのところですが、「 神へのいけにえは、砕かれたたましい。砕かれた、悔いた心。神よ。あなたは、それをさげすまれません。」それからイザヤ57章15節後半、「わたしは、高く聖なる所に住み、心砕かれて、へりくだった人とともに住む。へりくだった人の霊を生かし、砕かれた人の心を生かすためである。」イザヤ66章2節後半、「わたしが目を留める者は、へりくだって心砕かれ、わたしのことばにおののく者だ。」主を恐れる心、へりくだる心ですね。ミカ書6章8節、「主は何をあなたに求めておられるのか。それは、ただ公義を行ない、誠実を愛し、へりくだってあなたの神とともに歩むことではないか。」

 このことが、本当に大事なのではないかと思うのです。「主が呼ぶ」と聖書に書いてあるので、これは人間の選びではなく、神様が選ばれることでもあります。

 私の場合も、神様が憐れみによって選んでくださったのです。神様は弱いもの、人に見下げられたものを使うのを喜ぶと、聖書にあります。私も16歳の時、罪がわかった時に、自分は本当にだめだと思ったのですが、このみ言葉がとても励みになったのです。

 「私のようなとんでもない者でも、どうか使ってください。それを通してあなたの栄光を現してください。」と、よくよく祈ったものです。私はその頃、啓明小学校で育てられた子供たちの中で、一番とんでもない、だめな者だと思っていたんですね。でもまあ、だんだんと後でわかってきたのは、みんな同じなんだなと(笑)。でも、そういう心を、子供たちに知って欲しいと思っています。

 

自分の命を捨てるものはそれを見出す

 他の人を助けると、自分を祝福するのです。私たちのこの世に生きている目的、「種が地に落ちて死なないと実を結ばない。」と聖書にありますが、本当にその通りだと思うのです。

 私たちの父も、本当に失敗だらけなのですが、ただ1つ、やりとげたことは、「自分の命を捨てた」ことです。日本に来て、自分の命を捨てたのです。失敗もいっぱいありました。

 父は82歳で、いまも、毎日5・6時間伝道に出かけているのですが、「自分は子供をいっぱい失ってしまったし、自分の一生は大失敗だった。」と思っているのです。80代になって、今からでも悔い改めて主に従いたい、そういう気持ちです。

 けれども、とにかく、父は自分の命を捨てたのです。

 その種が実を結んで海外にいろいろな伝道者たちが行って同じことをやっています。彼らは自分の命を捨てて、現地の国籍をとって、そしてそこで死んでいるのです。それもまた実を結び、各国の現地の人々がチャレンジを受け、たくさんの人がフルで伝道して、ますます広がっています。

 神様の約束は間違いない、「自分の命を捨てるものはそれを見出す」そういうことなのだと思っています。  ◇